朱明時代
昭和12年 蕗の薹呆けてぬくき雨が降る 昭和14年 露天市茶碗驟雨を溜めてゐる 南京玄武湖 蓮枯れて生計の舟の通ふのみ俳句評論時代
昭和15年 揚子江河口 陸失せし北風( のデッキに佇ちつくす 生還 朝冴ゆる瀬戸に鶏鳴遠ちよりす 宇品帰港 明日下船外套で寝る日を惜む 明光鎮 驢馬交み娼婦が貨車で移動する 驢馬交みアカシアに日が暑くなる 九江鎮 マラリヤの発作のベッド延べて待つ 夏痩せてユダヤの鼻が我にあり 昭和16年 捕虜の胡弓月光くまなき壁をへだて 麥熟るる戦の貌が日日黄なり 輜重馬が発つ灼土に水をこぼし 昭和19年 砂糖黍しゃぶり土民の市をみる 九江野戦病院 病む窓に青桐日日の花こぼす金剛時代
昭和21年 猟人等汽車に乗り込み降りゆけり 昭和22年 春の雁夜のストーブ消ゆるまま 町中の箱の家鴨に春霰 初燕馬は切藁はみこぼす 雨降ってゐる樹の下の羽抜鶏 西行は旅して果てき土用灸 鶏の座敷をあるく西日かな ちちろ虫干草の地しめりをる 田がみんな刈られし後の汽車の笛 昭和23年 顔洗ふところにいつも蜷が棲む 麦刈らる圖画描きし日は遠きかな 昭和24年 安木節あまり寒くてみな唄ふ 貨車の下が風が涼しく屯せり 昭和25年 椎一升提げ汽車に乗り電車に乗り 暮れむとす葎まづしく雪を貫き 長女のぶ子 童女かけいだす懐手してをれず 雨中にて働くストーブ来てはくべ 昭和26年 霰降り出でし家鴨が水あがる 菜の花が流れ暗渠に入りゆけり 昭和27年 土蔵( の階( に草履一足雪降れり琴座時代
土間抜けるつばめ弟が継ぎし家 昭和28年 屋根にたち働くとも焚火を消さず 槐太居は陋巷なれど芭蕉青し 昭和30年 油虫巣くえる板が焚かれたり 酒甜むも寒し不遇の槐太居は