天狼時代−2
昭和36年 堺刑務所 肩そびやかして看守の寒さ怺ふ 竹馬の子等舗装路へ出てゆかず 陸深き大和の村に初つばめ 矢車に光が壊れ刻が壊れ 打ち水を注ぐ石工の石の蟇 ぴりぴりと縞馬蝿に胴震はす 鷹一羽現はれ輪描く発破の天 天王寺動物園 北極熊白息を吐きはじめたり 鳥取砂丘 風音の源はわれ冬の砂丘 田のひつじあをあを日本海荒ぶ 昭和37年 樹としてのそよぎ失い聖樹立つ 消灯ののちも聖樹の灯を残す 玉手山 枯園の檻のものみな鳴きて媚ぶ 寒泳会紅白の幕水和らげ 興福寺 人が着てたるむ追儺の鬼の皮 冬ぬくき地下通勤よ定年来る 雪が降る生傷もてる海驢等に 梅田より阿倍野が霞む地下鉄出て 大阪造幣局 夜桜の警邏が挙手の礼交す 梅雨晴間ヒステリックに孔雀の声 子燕に与へそこねし虫飛べり 新燕に混り親燕の細身 妻絶対安静 蝉声が光に変り光殖ゆ 昭和40年 暗き巣を出でてつばくろひかり飛ぶ 短命の蝉鳴きはじむ未明より 釣竿の一条の陰炎天に 苜蓿に靴を脱ぎ靴下を脱ぐ 東尋坊 なきずめに虫鳴く海の凪げる間を 関西鉄道学園 ストーブをくべ足すときは孤独教師 昭和41年 梅雨夜空通天閣に灯を遺す 昭和44年 渡り鳥同じ速さに飛びつづく 昭和45年 大晦日どこかで燃やす灰降りくる 遠山講師死去 葬ひの幕の裏にて雛飾る マッチの火金魚の桶に浸けて消す サーカスの獣臭に剥く夏蜜柑 水越ゆるままに蝌蚪ども堰を落つ 猫の子ののぼりし柱降りられず 宝殿 エジプトの炎暑のごとし石切場 青蜥蜴艶やか生家零落して 藁の尾の凧揚ぐわれも僻村生れ