鷲 第四十一号(平成10年1月) 道尋ぬ人に日傘をさしかけて年齢よりは派手になりをり更衣
袋掛してあり枇杷が町中に
暴走族短夜更に短くす
亡き母に似し手となりぬ梅漬ける
耳遠くなりて淋しや法師蝉
師の署名ある書懐かし曝書かな
買物の袋重たし秋暑し
箱開けてすぐ食ぶ故郷の梨届き
山鳩が鳴きをり昼寝すこしする
何時死ぬもよしてふ冷たき手を握る
実南天網をかぶせて夫婦住む
懐かしと煎りし椎の実噛み難し
紅葉谿日差俄に翳りけり
こほろぎが刈田に鳴くを跼み聞く
鷲 第四十二号(平成10年7月) 幼な児に電車見せゐる冬日暮
子と暮しゐても孤独や暮早し
大晦日釣に行くてふ夫止む
元日もいつもの薬並べ嚥む
春めきて門の外まで夫が掃く
早春の日差し人の死止どめ得ず
大空に白き半月春寒し
春寒し暮れきらざるに雨戸閉む
憩ひゐし花の下去る郵便夫
桜咲く小公園に遊具なし
葉桜になりたり雨にしとど濡れ
春暁の始発電車で上京す
泰山木高所に一花ひらき初む
少し疲れ薄暑の町を歩きをり
花つつじ道を一筋間違えて
産院のひっそりとして聖五月
肩叩きくるる母の日娘がありて
鷲 第四十三号(平成11年1月) 梅雨降る病む年寄の死を待たれ
マニキュアに縁なく生きて紫蘇漬ける
紫陽花に雨降りしきる弟の忌
父の忌や南天の花雨にこぼれ
旧姓で呼び合ひアイスクリーム食ぶ
蚊取線香点けて呉あり転寝に
夏空に忘れてをりし燕飛ぶ
留守番す時折法師蝉鳴きて
日日咲きゐし槿は花を終わりたり
秋冷や云はねども日日老を知る
老いし手を振って別るる秋風に
中空の名月惜しみ雨戸閉む
遠廻りして草の花摘み溜むる
筆洗に浸く摘んで来し草の花
深みゆく秋や富山の薬屋来て
無口なる隣家の主人菊作る
女なり秋夜子連れのホームレス
踏切がありて花野の道終る
鷲 第四十四号(平成11年7月) 衣被寺で出しくれ後の月
父母は亡し故郷の山眠る
急き乗れば各停電車暮早し
八方を恵方と決めて外出す
子と暮す庭の椿を縁より見て
我らより他の声もす探梅に
蒲団敷く夜あることは有難し
猫道が庫裏の障子に尼の寺
花の雨ホームレスの荷しとど濡れ
わが庭に蛇穴を出て這ひをれる
鷲 第四十五号(平成12年1月) ひとり居もよし十薬の花活けて
舅も父も同じ忌日よ梅雨最中
眼つむれば涼しき風の過ぎゆけり
冷房を出でゆく泣く児あやせずに
わが庭に来よ蝉採りはほしいまま
トラックの日陰で休む工夫らは
目高飼ひ子ら生き難き世を生きる
待ち呉るる家族がゐるよ秋の暮
秋の夜や一と間に寄りてお茶を喫む
地車見ても心逸らず年寄りて
我が終の栖にゐるよ穴惑ひ
十六夜の月出でゐると戸を閉めず
秋晴や喜寿を過ぎたる同窓会
釣瓶落し気にして老の同窓会
立冬の日差し穏やか縁に坐す
稲架日和帰りは野道歩きけり
鷲 第四十六号(平成12年7月)(鷲最終刊) 冬日差し心もとなしすぐ翳る
風邪癒ゆる食べたき物の浮かびきて
除夜の鐘聞こゆと肩を抱かれ聞く
あたたかき三日水辺に人らゐて
冬の川小魚きらめきゐて澱む
寒鴉鳴く電線の弛みをり
臘梅は満開なれど華やがず
早よ去ねよ寒暮まだゐる雀らよ
釣道具ひろげて夫の冬籠
犬ふぐり摘み持つことのなき花よ
風寒き春夕ぐれに子等の声
停めてある自動車の下猫の恋
花の駅特急待ちの停車して
いつからが我の余生や蜿豆むく
山峡の田植すむ田や伊賀越えて
電柱を建てをり藤咲く山峡に
桐の花煙出しある峡の家
初夏なるに夕風さむき伊良湖岬
辞世の句 (満92歳:平成25年10月29日没) 生き過ぎて吾も寒いぞ冬の蠅