鷲 第六号(昭和55年7月) 後続へ声を残して雁渡る幼な児の靴も揃へて年迎ふ
何音もなし大寒の真夜中は
雪積る一つの墓碑に父と母
枯野犬声をかければ振り返へる
手袋を脱ぎて拝めり凍滝を
雛流し天草採りの漁婦は見ず
風車水子地蔵に廻りゐる
見せて貰ふ門無き庭の大桜
花筏風が筏を組替へる
滴が御香水にて口しめす
病院の屋上に立つ鯉 ぼり
滝道を老婆お滝へ裾からげ
葉桜の堂に仏の眼が光る
鷲 第七号(昭和56年1月) ひと駅を行く間に虹の消えてなし
唖蝉と知りてもしばし放さざる
梅雨行場塩袋のまま置ける
夜は黒き青嶺山頂一燈点く
山峡に小さき村あり盆踊り
階のぼり盆の老僧息をつぐ
紅芙蓉苦界に果てし女の墓
分け入りて背よりも高き芒剪る
仏壇に燈明上げて秋祭り
測量の杭が花野に打たれたる
谿へ捨つ通草の種掌に吐きて
泥濘る田に親子三代稲を刈る
鳥渡るこの月明に影もなし
物音を憚りゐしに嚏(くさめ)する
鷲 第八号(昭和56年7月) 寒月下我が影小さくひた歩む
製材所多き村にて年木積む
注連飾りつけ焼芋屋参道に
追儺豆家族揃ふを待ちて撒く
拾い上ぐ花の全き落椿
道祖神在せば拝む探梅行
雨垂れで洗ふ摘みたる蕗の薹
菜の花が咲きゐる島の船着場
夜の桜浮浪者毛布纏ひをり
駅の花眺め今年も花見せず
揚雲雀小手かざしても見当らず
山峡に桐の花咲き人家なし
山下る手に持つ蕨はや萎えて
蟻出入り山の社の賽銭箱
山の上杖に突き来し日傘さす
日陰なし登り着きたる山頂に
鷲 第九号(昭和57年1月) クロバーに靴脱ぐ若き日の如し
盆の墓地無縁墓にも線香立つ
墓参り車井戸から水を汲む
夜店の荷置きて日陰に屯する
堂縁に置きて這はせる蝸牛
落蝉の我が掌に命失す
端居して人の命日思ひをり
寝て覚めて踊りの音頭まだ聞ゆ
水馬ゐる飛火野の水溜
月祀る朝から雨の降りをれど
水口の幣そのままに稲の花
滝行に入る人滝を先ず拝む
髪洗ふ我が欝髪にこもれるを
霧のほか一切見えず霧の中
鷲 第十号(昭和57年1月) 萍が刈田の土に貼りつける
時雨来て犬入りゆく高架下
頬かむりして農婦なり畦に会う
シャンデリア消して聖樹の灯を点す
雪中の水掛不動に水を掛く
点々と点く灯は村か雪の峡
梅を見る夫早退の鞄提げ
菜の花を童女に貰ふ探梅行
ヘルメット脱ぎ警官も梅を見る
流し雛舟より落ちて漂へり
啓蟄のはや尾の切れし蜥蜴出づ
地虫鳴く墓守の家灯が暗し
足跡の深きは田植機押せしなり