鷲 第十一号(昭和58年1月) 万緑に声嗄れてもの云ひ難し行滝の中幾条も鉄鎖垂る
端居する少年の脛長くなり
機の音今日は止みをり盆の村
盆踊り見ず児は金魚掬ひする
寝返りを打つたび聞こゆ踊音頭
長城の高処に立てば天高し
片陰が長し故宮の高塀の
蘇州飯店前庭昼も虫鳴ける
木犀が匂ふ我が家に帰りたり
懸崖の菊に蜂蝿蝶も来る
花野径幼な児の靴落ちてをり
鷲 第十二号(昭和58年7月) 綿虫の生あるかぎり浮遊せり
時雨るると盲の人の耳すます
柚子風呂の柚子背中にも触れてをり
初詣村の神社に出店なし
雨戸閉めカーテン引きて寒寄せず
鬼遣ふ少年声を張り上げて
山の宿まだ炬燵して待ちくれし
梅桟敷七輪の火を置きくれし
浮浪者が駅に屯す花の雨
遠蛙夫の眠りの深くして
鷲 第十三号(昭和59年1月) 遠蛙闇より水の匂ひ来る
遠蛙娘はおそくまで窓開けて
部屋部屋に笹百合我の誕生日
雨が降る巣の子雀は鳴きやまず
通夜の灯に蜻蛉入り来てぶら下がる
観光馬車馬も麦藁帽を被て
人差し指立て赤蜻蛉止まらせる
根来寺の塔を仰げば帰燕群
秋燕まだ帰らずに紀伊を飛ぶ
通草生る社の裏の竹薮に
段畑の畦に腰掛け柿を食ぶ
鷲 第十四号(昭和59年7月) 草の花供ふ我が家の仏像にも
木の実拾う木の実降る音聞きながら
アナウンスしたる車掌の咳聞ゆ
年用意小鳥の餌も買ひ置きて
自転車で母子来てをり初詣
大雪の暗渠流るる水の音
ひとり居に雪ずり落つる音がして
春立てり家裏の雪解けずして
漬物石抱き上ぐ力まだ我に
立話してゐて見たり初燕
火取虫夜は人ゐぬ街の灯に
晩蕨誰も採りには来てをらず
鷲 第十五号(昭和60年1月) 緑蔭に眠る浮浪者鼾かき
蛇を見し径帰りには通るまじ
尾を傷めし金魚一匹離し飼ふ
枕辺の団扇を使ふ目覚めては
風呂敷を被て冷房の冷えに居り
秋霖の飯場朝より酒を酌む
金木犀花の盛りを庭師刈る
運動会見る電柱に犬繋ぎ
寝待月出づるを待てず寝てしまふ
老農婦ひとり稲刈る鎌をもて
刈田道宵より赤き月出づる
掴みたり傘に入り来し綿虫を
藪の道年越す紅き烏瓜