鷲 第十六号(昭和60年7月) 少年に盃年酒少し注ぐ初詣犬懐に抱く人も
日当るも解けぬ強霜母の忌日
羽織着て姉妹老ひぬ母の忌日
鵯が騒ぐ椿を折りをれば
梅の村どの家も犬繋ぎをり
甘酒呑み女ばかりの梅桟敷
老夫婦宅に児の声春休み
花見茣蓙幼な児も靴脱がされて
歩きつつ傘開き差す春の雨
くにうみの祭典島は春霞
揚雲雀くにうみの島晴れつづく
五月闇産室の灯は煌々と
鷲 第十七号(昭和61年1月) 囲ひして病者は汗の躯を拭かる
雷雨止め我を看護(みと)りて帰る子に
退院の一歩踏み出す街炎暑
戴きし日傘をさして退院す
生きてゐて土用の丑の鰻食ぶ
ひとり臥す蚊取線香昼点けて
露草を髪挿せしひといまは亡し
試歩の径こほろぎ鳴きて立止まる
草の花試歩の帰りの手に萎ゆる
救急車また走りをり祭の夜
亥の子餅胃を案じつつ二つ食ぶ
医師も咳診らるる我も咳をして
鷲 第十八号(昭和61年7月) 探梅に水菜貰ひて帰りたり
探梅に釣師の服装(なり)をしたるまま
箱のまま雨に出しあり売る草花
見上ぐるに風に流さる初燕
花の宴膝の幼な児手を叩く
月蝕を見をれば地蟲鳴き出づる
若葉寒娘が熱あると額合はす
鷲 第十九号(昭和62年1月) 荒梅雨に髪雫垂れ娘が帰る
舗装路に空缶数多出水引く
更衣痩せて躯に合う服のなし
梅雨最中子育ての鵯よく鳴きて
病葉が溜まりて人気なき道よ
中元の冬瓜土間に据え置かれ
日焼けして老醜さらにこれが夫
落蝉のもう動かぬは掌に軽し
土用灸三里に据えて試歩に出づ
月祀る花を今年は花舗で買う
十三夜人を送りて駅までゆく
後の月夫婦そろひて人送る
綿虫が止る挨拶せし髪に
運動会熱き茶出さる老人席
立冬の野にこほろぎは昼も鳴く
鷲 第二十号(昭和62年7月) 大阪の空は灰色日短し
ガードレール今日は蒲団を干してあり
柚子風呂に養生の躯の長湯して
七草の日よと思ひつ医薬嚥む
今落ちし木の葉は速く流れゆく
人の掌に移して見する綿虫を
風邪の児は壜の薬をよろこべり
着膨れて子等に疎まれ老夫婦
初燕冷たき雨の降る中を
初蝶に心ときめく試歩の径
春一番雨漏りに夜半起き出せり
梅の村駐在所にて電話借る
芹すこし摘んで帰りぬ試歩に出て
春ともし陸の山々暮れそめし
花冷えの廊下で園児ひとり泣く
魚釣に一つ持ち来し夏蜜柑
ドライヤーで絵の具乾かす走り梅雨
花薊ハンカチーフを巻きて持つ