鷲 第二十一号(昭和63年1月) 小鳥等の足跡つけり苗代に高く飛ぶ燕明日も晴れならむ
酒徳利十薬の花挿してみる
夏座敷やせし手足を投げ出す
香水が匂う老女がそばに佇ち
水遊び靴を並べて水入れて
朝顔を手摺に咲かせひとり住む
夕蝉が鳴けり足場の丸太棒に
夜の秋淡路島の灯瞬ける
夕立来て玉葱小屋に雨宿り
ふくらはぎに数多老斑土用灸
麦稈とんぼ乾きし土の道が好き
湯殿より歌声聞こゆ良夜なり
零余子こぼれて紛ふ土塊に
薔薇活けあり河豚料亭の予約席
残菊の支柱もなくて縛らるる
鷲 第二十二号(昭和63年7月) 鼻利かずなりおり臘梅咲きゐるに
短日の門灯点けて人見送る
心急く寒暮に一つ凧揚る
初詣手を焙りをる村社巫女
石の上施行のむすび凍ててあり
猫飼はぬ我が家の庭で猫の恋
春近し暗渠流るる水音は
オートバイ急停車させ孕み猫
犬抱いて花見の宴を見てをれり
雨蛙居場所変らず今日も鳴く
菖蒲湯に浸りて永き病後かな
鷲 第二十三号(平成1年1月) 今年まだ笹百合を見ず誕生日
予後我に夏みかん剥く力なし
老姉妹夏みかん剥く堂縁に
若葉寒夜半に起きて薬酒呑む
荒梅雨に雨戸閉して昼灯す
喪に集ふ生者冷房の冷えに耐ふ
喪服着てさせる日傘の色派手に
老し師の午睡座椅子に凭れしまま
水打てば蟷螂の子が出で来たり
曼珠沙華病癒えねば憂き花よ
秋刀魚焼いて吾に停年なぞはなし
御手洗で濡らせり摘みし草の花
紅葉茶屋少年がお茶運び来る
鷲 第二十四号(平成1年7月) 寒風を通す家内の壁を塗り
歳晩や大工の足場除れぬまま
点滴の冷え滴々と腕に入る
人気なき森の社に寒鴉鳴く
犬ふぐり咲く小径好き医に通ふ
積んで見す空色の花犬ふぐり
梅桟敷風が寒くて正座せり
雛流す海南風
( 吹いて波荒しお彼岸の供花を老女抱きかかえ
我が頭上声あげたるは初燕
天道虫しばらく膝を這はせをく
追手門開きし城の花満開
花見むと老も石段登り来る
自動車を降り薫風に深呼吸
家建ててをり新緑の山峡に
鷲 第二十五号(平成2年1月) 梅雨の夜も暴走族の暴走音
旅の町女三人氷菓甜む
滝飛沫浴びて燕ら嬉々と飛ぶ
日日無為に午睡日課となりにけり
青田中医院は四方の窓開けて
赤とんぼ群れ飛ぶ同じ方向に
秋の蚊の刺すまで待ちて叩きけり
野良犬に声かけてゆく夜寒の町
薔薇の木に蕾がひとつ冬に入る