鷲 第三十一号(平成5年1月) 老夫婦覚めて語らひ開けやすし初物の枇杷貰ひ食べ誕生日
万緑や銅像の馬青錆て
思はざる熱き茶呉れる浜茶店
ビーチパラソル陰に子犬が主待つ
生臭き水や金魚が卵産み
手を取りて労はり言はる片陰に
庭池に引く水音や夜の秋
捕虫網繕ふ縁に端居して
数多捕りし蝉学校の樹へ逃がす
年寄るはよきもの夫と日向ぼこ
ヘリコプター近づき鵙が鳴ゐて逃ぐ
一人居や天辺にゐる鵙になる
燕らの去たる空や鰯雲
日向ぼこ山茶花の蜂気にしつつ
喪服着し男眼つむる暖房車
鷲 第三十二号(平成5年7月) 新築の家大根の切干し吊る
振袖の春着着し娘等氷菓甜む
ほつほつと椎の実を噛むひとり居に
牽く犬の鼻息荒し寒の雨
冷ゆる夜となるに出でゆく師を案ず
片附かぬ身辺梅が咲きはじむ
会合に焼芋出され和みたり
焼芋や師のもてなしの有難し
師の庭や種つけ花が鉢に咲く
山笑ふ麓の村に姉老ひて
菜の花や我は故郷そこにみる
二分咲の花に人出や天気快く
初蝶やフェンスの網目抜けゆけり
鶯や鼻緒のゆるむ宿の下駄
山桜雨ほつほつと露天湯に
スケッチに来て蒲公英の笛を吹く
桐の花廃家に残る古時計
庭の樹に消毒後鳴く雨蛙
母の日や母ある子等が団欒す
夜毎出る守宮我が家の人気もの
鷲 第三十三号(平成6年1月) 老女等の私語声高に菖蒲園
駅前の巣燕夜も餌を貰ふ
新緑の庭に鯉飼ふ名をつけて
ひとり居の老は団扇を身近くに
野良犬も雷雨の駅に雨宿り
我死なば墓無くてよし墓掃除
鯉飼へる庭の水音秋立てり
片陰に屯し客待ち運転手
卒寿の師祝ひに敬老日の我等
秋灯下手術日決まり家族集る
雨の中月祀る花買ひに行く
十六夜の月しばし見る勝手口
廃屋の昼に鳴きゐる鉦叩
ちちろ虫経を唱へて睡り待つ
老爺手を叩き稲田の雀追ふ
夫の額叩きて秋の蚊を打てり
凶作の田の稲なれど稲架にして
熟柿食べ頬を汚して児のごとし
貼薬肩や背に貼る夜長かな
鷲 第三十四号(平成6年7月) 蜜柑ひとつ食べて仕事にかかりけり
山はまだ眠らず木の葉落つ音す
迎春の花活け老女ひとり暮らし
初詣祠の神も拝みけり
ひとり居に餅食べたくて餅を焼く
白足袋を穿くことのなし大病後
通り雲霰降らせり観梅に
鶯が庭に来て鳴く倖や
老女らの昔話や春炬燵
春愁の老は手を見て死を想ふ
春宵の風呂に乳房の小さく老ふ
老ひてなほ夫に従ひ花を見る
花を見る肩を抱き合ひ老姉妹
三回忌朱欒の花が咲きをれり
青葉映ゆ鏡中に我が老を見る
粽食ぶ大人ばかりの子供の日
母の日よと言ふてくれしは娘なり
鷲 第三十五号(平成7年1月) ほろ酔や梅酒の梅をひとつ食べ
夏みかん剥く老の手の震へをり
新緑や終の住処に鯉を飼ふ
手招きて見せてくれしは子蟷螂
麦茶出しくれる留守番老夫婦
風鈴に目覚めて夜半の風を知る
父と子で歌ふ校歌や帰省して
高架下自転車止めて涼みをり
葬式へ炎天託ち出てゆけり
食細く炎暑に耐ふる手足撫で
通夜の僧へ首振らさずに扇風機
彼岸花好きかと聞かれ懐かしと
支えなく実生朝顔草にからむ
頭痛しと嫁が風鈴外しけり
毬栗を数多貰ひて困惑す
住む町の神社を知らず秋祭
ひとり言言ひて秋の夜老すすむ
欠伸してさてと夜長の灯を消せり
日向ぼこ背筋伸ばすを忘れをり
時雨るるも托鉢の僧慌てずに
紅葉谿渡る野猿へ手を振れる