鷲 第三十六号(平成7年7月) 隣家より柩出でゆく大晦日御手洗の水滾々と去年今年
鉄扉閉し寒禽の声ほしいまま
白無垢の嬰児熟睡す暖房に
旧知らと炭火を囲む喪に集ひ
被災の人想ふ深々蒲団に寝ね
道端に水菜葱売る梅の村
風花の一としきりせり出棺に
容赦なき老花冷えに膝痛み
揚雲雀我が駅見えてゐて遠し
菖蒲風呂大人ばかりになりしかな
行く春や後戻りなし老の日日
春愁や身辺のもの片附かず
鷲 第三十七号(平成8年1月) 我が家の目印泰山木咲けり
日傘たたみ市場の中を素通りす
梅雨晴間築地の街を神輿練る
高階に梅雨の月見るホテル泊まり
遊学の孫に持参すさくらんぼ
目高の子埃のやふな餌で育つ
青田風一息入れて歩きだす
夏も窓閉まりて老婆ひとり住む
子ら帰省ひとり住まひの窓開けあり
灯に来し蛾打ちて盆よと咎めらる
秋風や後ふりむけば誰もゐず
青唐辛子焼いて老女の昼餉かな
娘に肩を抱かれ名月しばし見る
灯点して大工まだゐる秋の暮
秋灯下駄菓子を食べて老夫婦
鵙猛る門扉閉して老ひとり
秋の蝶今ごろ飛んで何処へゆく
菜畑に小菊一畝老のもの
鷲 第三十八号(平成8年7月) 短日や見知らぬ町に灯が点きて
手に絵具つくまま師走の車中かな
迎春の花が古りゐる待合所
冬の庭野良猫通るみちつきて
音たてて成人の日の夜の雨
装ひて娘と外出す春隣
年の豆傘寿の夫のほつほつと
揚雲雀畑まだあり駅前に
種つけ花咲くよ故郷忘じ難し
春耕や機械を駆使す老農夫
照明器花にかくれて昼の城
夕ぐれの菜の花に立つ啄木忌
はやばやと立つ鯉のぼり新しき
花見日和夫残して外出す
刈草を燃やす煙の中にゐる
往きにさしし雨傘かへり日傘にす
廃園や遊具の周囲草のびて
年寄りが電車見てゐる春日暮
鷲 第三十九号(平成9年1月) 意識なき病人浴衣に着せ替へられ
蛙鳴く通夜の帰りのこの夜も
おそくまで薬煎じる梅雨の夜
梅雨籠る一と日手足に灸据えて
逝きて亡し弟偲ぶ遠青嶺
老し夫この炎天の何処で釣る
新涼や島の灯風に瞬きて
老し姉髪を洗ひて貰ひをり
秋晴や行先告げず外出す
法師蝉日暮が早くなりにけり
露草摘む買物袋地に置きて
歩き初む児や秋風にふらふらと
買物に昼もこほろぎ鳴く道を
穴まどひ我が足音に這ひ出せり
木犀が匂へり縁で深呼吸
百舌鳥鋭声焦がせし鍋の底こそげる
桜紅葉散るにまかせて門閉す
山茶花の門老犬は耳うとし
秋晴や遊具で遊ぶ児のをらず
通り抜ける秋の薔薇園花まばら
鷲 第四十号(平成9年7月) 大根漬け重石は嫁に頼みたり
不揃の大根老女の作りしもの
槐太忌に一輪挿さむ冬薔薇
年の瀬の一と日旧知と夫は酌む
草の花摘む倖を夫知らず
繋がれし犬に物言ふ寒暮かな
寒禽は声張りて鳴く日暮にも
菜を洗ふこの冷たさを夫知らず
春寒し人の訪ひ来ることもなく
芥燃やす煙の匂ひ春隣
ひとり居を楽しむ桜餅食べて
ひとり居に膝掛欲しき余寒かな
啓蟄や漬物桶を動かせば
辛子菜の花摘んで来し啄木忌
暮遅し雨戸閉むるに小虫飛ぶ
鎌倉や若葉の町に人力車
若葉寒狸のショーを旅に見る