10 坐禅
第1項「仏法」から前項「禅」に至るまで、その説明に再三「坐禅」や「只管打坐」の言葉を用いて来たが、肝心の「坐禅」そのものについては、敢えて当該箇所に必要な限りでの説明に留め、本格的な説明は本項を待つことにした。その理由は、まず仏法ないし禅が如何なるものであるかを明確に理解しない限り、本当に坐禅、只管打坐が理解できないからである。ところで、街の大きな書店等では、種々の仏教書に混じって所謂坐禅入門書や禅に関する書物が並んでいる。しかし澤木興道老師の高弟酒井得元及び内山興正各老師の著作を除けば、仏法や坐禅について本当に分かって書かれたものを見かけることは皆無と言っても過言ではない。
特に坐禅については、一般的にも看話禅系統の所謂「さとる」為の坐禅という全く誤った考え方が人口に膾炙してしまっており、これを正すのは容易なことではない。如何にこれまで曹洞(禅)宗の僧侶が不勉強で杜撰であったか或いは葬式仏教専門の僧侶に過ぎなかったかを如実に物語るものである。
私が本書でこれまで鏤々述べてきたのは、誰にでも仏法をよく理解して頂くと共に、その実践である本当の坐禅に気軽に親しんで頂くことを期待するからである。
この項では本格的に坐禅そのものを取り上げることにより、坐禅の真実を可能な限り説明することにする。
一 坐禅に関する典拠
(イ)「正身端坐」
三 禅の偏向(看話禅)
(ロ)「只(祇)管打坐」(「只管」、「無所得・無所悟」)
(ハ)「非思量」(不思量)
(ニ)「念(正念、無念)」
(ホ)「不染汚フゼンナ」
(ヘ)「図作仏ズサブツ」、「磨セン作鏡マセンサキョウ」、「坐仏」
(ト)「調息致心チョウソクチシン」
(チ)「三昧」、「脱落」、「解脱」
一 坐禅に関する典拠
まず坐禅に関する典拠を列挙してみよう。
- ◎「打坐は即ち正法眼蔵涅槃妙心なり。」(『永平広録』巻四)
- このような「只管打坐(ただ坐る)」がそのまま「正法眼蔵涅槃妙心」即ち仏法(尽十方界真実)であるという端的な言葉は、正に道元禅師にして初めて言い得る言葉であり、道元禅師の禅の心髄を表す。
只管打坐の坐禅は、「無所得・無所悟」即ち何かの為などではなく「只生かされて生きている(或はただ存在させられて存在している)」ことこそがその本質である「大自然の在り方」を、そっくりそのまま実践(実修実証)することであり、それは即ち人間的営み(自我意識・自己満足の追求)の棚上げに他ならない。
つまり日頃有目的に明け暮れている自我中心の我々の在り方を放棄して、大自然そのままの生命の在り方に還る努力をする、言わば人間に恵まれた欲を、本来生存に必要な範囲(生命維持が基本)の大自然の在り方に返す努力(行)が只管打坐の坐禅である。
これは仏法の別の言い方をすれば「供養諸仏」という事である。即ち坐禅は我々が「諸仏」即ち大自然に供養(自我の放棄)する行為であり、諸仏(大自然)に「帰依」する姿勢(『正法眼蔵』「供養諸仏」巻)である。或いは布施・報恩感謝の行でもある。
- ◎「坐禅は三界の法にあらず、仏祖の法なり。」(『正法眼蔵』「道心」巻)
- 「三界」とは、教学の定義では「欲界・色界・無色界」と言うが、言わば「人間の生活世界」のことである。
坐禅は人間的営みを棚上げして、大自然即ち仏(尽十方界真実)を修行することであるから、自我中心の生活次元からすれば全く無意味な行為であると言えよう。
「仏祖」即ち尽十方界真実に覚めて、前述「現成公案」の信仰に基づいて、尽十方界真実を実践する者にして初めて坐禅を信仰することが出来るということである。
なお『正法眼蔵随聞記』(懐奘編)に「仏祖の道はただ坐禅なり」とあることも同じ意味である。
- ◎「坐禅はこれ悟来の儀なり、悟とは只管坐禅のみなり。」(『永平広録』巻四)
- ここで「悟」とは、通常一般には「迷い」の対立概念として心理的なものと考えられているが、仏法における真の悟(成仏)とはそのような精神的・心理的なレベルのことを言うのではない(後述「悟」参照)。
即ち「悟」とは、人間の自我に関わりの無い尽十方界(宇宙・大自然)の在り方をいうのである。
つまり「悟来の儀」とは、尽十方界真実そのものが自ずから尽十方界真実(坐禅)のすがたを表すことである。
要するに、「坐禅する」ことは、尽十方界真実人体自らの尽十方界真実性の表現であり、「悟」とは、人間の自我発現以前の大自然の本来の在り方を実践する只管打坐の坐禅だけだということである。
以上のことから、坐禅というものは、通常一般に誤解されているような「さとる為の手段」ではなく、「坐禅」そのものが「悟」なのである。
- ◎「仏仏祖祖正伝の正法は唯打坐のみなり。」(同)
- 「仏仏祖祖」はあらゆる仏祖即ち尽十方界真実のことであり、「正伝」は生命本来の在り方を努める事であり、「正法」は尽十方界真実人体(生かされて生きている在り方)のことであるから、「正伝の正法」とは、自我意識に染汚ゼンナされる前の尽十方界真実である本来の生命の在り方を厳密に努める事である。
歴代の仏祖は代々尽十方界真実を修行(実修実証)して来たが、それを為し得る行は正に只管打坐の坐禅だけである。
- ◎「坐禅は人間界にあるべき事ならず、坐禅のときは、坐禅の我にてこそあれ、日来の我にてはなき也。」
(『正法眼蔵』「坐禅箴」巻に係る『正法眼蔵聴書抄(御抄)』)
- 坐禅は自我を棚上げにして尽十方界真実(生命本来の在り方)を実践することであるから、平生自己満足追求に終始する人間生活(自我生活)には無縁のものである。
元来自我そのものは人間の生命に必ずしも不可欠なものではない。
例えば眠っている時を考えてみれば分かるが、自我はあくまで身体(尽十方界真実人体)の一部(脳)の生理活動に伴う現象の一つに過ぎない。
従って日頃自己満足追求(自我活動)に明け暮れている人間(所謂「凡夫」)であっても、一度坐禅即ち後述「正身端坐」に身を任せる時は、自我意識に左右されない本来の尽十方界真実人体(仏)に立ち帰り、自我に染汚された平生の人間(凡夫)とは異なった自己になる。
正に「一超直入如来地」(坐禅を行ずればそのまま仏)とはこのことを言うのである。
- ◎「坐禅は人の坐禅するに非ず、兀坐に人人坐禅させらるるなり。」(『御抄』)
- 前記のように、坐禅は尽十方界真実を実践する尽十方界真実人体(仏)の姿であって、自己満足追求一筋の普通の人間(凡夫)にとっては凡そ無意味な行為だと言える。
従って自己満足追求専門の普通の人が自ら進んで坐禅(自我の放棄)をする筈はなく、却って兀坐(坐禅)即ち尽十方界真実そのものが、人々(本来は尽十方界真実人体である)を覚醒させて坐禅(尽十方界真実)をさせるのだと言うのである。別な言い方をすれば、「人が坐禅に坐禅させられる」のである。
- ◎「何を坐禅と名づく。此の法門の中無障無碍なり。外一切善悪の境界に於て、心念起こらざる。名づけて坐と為す。
内に本性を見て乱れざるを禅と為す。」(『六祖壇経』)
- これは「禅」の項でも少し触れたように、インド的な瞑想技術中心の坐禅から宇宙(尽十方界)規模の坐禅へと一転機を画し、中国禅宗を事実上確立したとされる六祖大鑑慧能の言葉である。
まず「法門」とは「身体全体」のことであり、その中「無障無碍ゲ」とは、生きている事実において邪魔になるようなものは何も無い、
即ち人生の苦悩などは生命活動の表情・風景であって本来障害ではないということである。この言葉は六祖の禅の基本であり、「本来清浄心」や「如来蔵縁起」(唯識)を受け継いだものと言える。
次に「一切善悪の境界」とは「自我(意志意欲・分別)活動」のことである。
「心念起こらざる」とは、「心(尽十方界の活動)」の表情が「念(精神活動)」であり、取捨選択(選り好み)の念が起きない様な身体の姿勢を確保していることであり、この姿勢が「坐」である。
即ち「坐」は、人間が自我活動により積極的な行動を起こしにくい状態、即ち身体が大自然(生命活動)している本来の生命の在り方を確保することである。更に「本性を見」とは、「本性」は「本来の生命活動の在り方(尽十方界真実)」であり、「見」は「現」の意で、「実践」すること即ち「生命本来の在り方を実践する」ことである。
「乱れざる」は「不乱」即ち常に正常な位置を保ってリズムを乱さないことである。
また自我意識を超越した尽十方界真実人体には、本来「内(自己)」も「外(外境)」も無い(前掲『脳はなぜ「心」を作ったのか』参照)。つまり身体は環境と一体(依正一如)で生きているのが真実であり、能所(主客)の対立は無い。
例えば呼吸と空気を考えてみれば分かる通りである。
これを「一行三昧」とも言う。そして「禅」とは、前項「禅」で述べた様に、尽十方界真実そのもの、生命そのもののことである。
要するに全体としては、「何を坐禅と言うか。坐禅を行じているこの身体において様々な念が沸き起こって来ても、それはその時の生命活動の風景であり且つ尽十方界の真実の姿である。
取捨選択せずに放置すれば、生命そのものにおいては何の障害にもならず、生命活動のリズムが自然に保たれて、大自然そのものが行じられている。このような坐禅の正身端坐の外面的相スガタが「坐」であり、その内面相が「禅」(生命そのもの)である」ということになる。
- ◎「外諸縁を止め、内心あへぐことなし。心牆壁の如くにして、以て道にいる。」(達磨の壁観)
- 「外諸縁を止め、内心あへぐことなし」は只管打坐の坐禅のことである。「心牆壁の如く」は「牆壁」が所謂「平常底」のことであるから、結局「平常心」のことである。
従って後半は正に「平常心是道」のことである。なおこれに関して、黄檗は、「達磨の面壁はすべて人をして転機あらしめず」(『伝心法要』)と言っている。
即ち坐禅したからと言って何も変わらないと言うことである。
通常人間という者は何か功利的な結果を求めがちだが、坐禅はただ尽十方界真実を実践することだけであり、「平常心是道」の具体的修行に過ぎないことを述べている。
- ◎「衲子坐禅。直に須く正身端坐を先と為スべし。然る後に調息致心す。若し是れ小乗ならば、元に二門有り。所謂数息、不浄也。小乗の人は、
数息を以って調息と為す。然り而して仏祖のベン道、永く小乗と異なる。仏祖曰く、白癩野干之心を発すと雖も、二乗自調之行を作すこと莫れ。」(『永平広録』巻五)
- これは、道元禅師が正しい坐禅の在り方を端的に示した非常に重要な言葉である。
「衲子」は、前項「禅」でも述べたように、禅僧のことである。
「正身端坐」は、後述の通り、足を結跏趺坐又は半跏趺坐に組んで姿勢を正し、手を足の上で組み、面壁して兀坐することである。
「調息致心(調息が致心)」は、欠気カンキ一息(大きく息を吐く)して気分を転換することである。
「数息」は「数息観」のことで、息を数えて散乱の心を収めることであり、「不浄」は「不浄観」のことで、貪トン欲や色欲を収めることである。
「白癩野干ハクライヤカン」は下品で卑しいことであり、「二乗自調之行」は小乗の自力行、即ち自ら一種特別な心境になることがさとりだと考えて、その心境に陶酔するような瞑想技術に終始する坐禅を言う。つまり仏祖の坐禅は、後述「正身端坐」即ち手足を組んで姿勢を正すことが根本であり、それによって自然に息も整う。ところが小乗は数息観や不浄観等の瞑想技術を用い、数息で息を整える。然し仏祖の修行は永遠に小乗とは異なる。
仏祖は「たとえ野狐等のような卑しい気持ちを発したとしても、小乗の自力行即ち自己満足追求のための技術的な誤った修行をするよりは未だましだ」と示されている。
従って間違っても自分勝手な特別な心境になることを目指すような座禅、即ち座禅を手段と心得るような修行をしてはならないということである。(註:後述「看話禅」の場合坐禅を「座禅」と表記するのが一般的である。)
- ◎「一切経は坐禅の脚注である。」(澤木興道1880〜1965年)
- 明治大正昭和を坐禅一筋に生きた澤木老師の言葉である。坐禅は尽十方界真実の実践そのものであるが、正に「一切経」即ちあらゆる経は尽十方界真実及びその実践の功徳を説くものであるから、坐禅についての注釈だという事である。
- ◎「坐禅には階級がない。」(同)
- 同じく澤木老師の言葉である。坐禅は尽十方界真実即ち大自然の在り方を努める事であるが、大自然には人間の欲望ないし自我に基づく所謂階級等というものはない。誰でも何時でも坐禅すれば、それは尽十方界真実の実践であり、其処に何の差別もない。正に「一超直入如来地」(坐禅そのものが仏である)で、誰でも「坐仏」、「行仏」である。
二 坐禅儀
さて坐禅が如何なるものかについては、以上の典拠から明らかであるが、簡単にいえば坐禅は人間の自我意識を超えた基本的な生命活動の在り方の実践(実修実証)である。
そこで以下に坐禅の実態を表現する幾つかの重要な言葉を解説しながら、坐禅の実際を説明するが、その根本は道元禅師撰述の『普勧坐禅儀』である。
- (イ)、「正身端坐」
- 最初に坐禅における身体の姿勢の在り方である「正身端坐」について説明する。
- まず壁に向かった坐處に座褥ニク(「座布団」)を置き、その上に「坐蒲フ(小型の円形の蒲団で、詰め物はパンヤ)」を置く。そしてこの坐蒲の上に臀を乗せて足を組む。
足の組み方は、「結跏趺坐ケッカフザ」又は「半跏趺坐」(結跏趺坐が出来ない場合)とあるが、「結跏趺坐」は右足を左の腿の上に乗せ、左足を右の腿の上に乗せて足を交差させる。
「半跏趺坐」はただ左足を右の腿の上に乗せるだけでよい。
なお両膝はしっかり座褥につくようにする。
上体の重みが両膝と坐蒲上の臀との三点にかかる状態にする。その際腰を立てて尻を後方に突き出すようにし、背骨を伸ばし、首筋も伸ばして顎を引き、舌を上顎に付け上下の唇歯も相着けて、後頭部で天を突き上げるようにする。
足を組むことは自我による生活行動が直ぐには出来ないということであり、我がまま勝手はしないという姿勢である。
- 次に両肩は張らず楽にして、右の手を既に組まれた左の足の上に置き、左の掌を右の掌の上に置いて、両掌で半円を描くような感じで、両方の親指が水平に軽く触れる程度に出合わせる(「法界定印」と言う)。
これは坐禅中意識を明確に保つバロメーターである。(尤も「法界定印」と言う語は密教に由来する語であり、江戸時代曹洞宗の面山瑞方(1683〜1769年)が使用し始めたとされるが、道元禅師にその使用例はなく、酒井老師はこの語の使用を避けられている。)目は普通に開いて壁を見、視線は前方約60度に落とす(凝視するのではない)。これが所謂「達磨の面壁」であるが、これは周囲の環境に邪魔されないための工夫であると共に、坐禅が瞑想技術ではない証拠でもある。
- 更に口を開いて息を大きく吐く(欠気カンキ一息)ことによって気分を転換すると共に、二、三度身体をゆっくり左右に揺すって姿勢に無理や窮屈なところがないようにリラックスさせた後、不動(兀ゴツ坐)の姿勢に入る(臍下丹田に力を入れるのは誤り)。そして鼻でする呼吸は自然に任せる。
- 坐禅の時間は「一チュウ」(線香の燃焼時間40〜50分間)を単位とし、坐禅が長時間に亘って行われる場合は、一チュウ毎に「経行キンヒン」即ち「揖イツ手又は叉シャ手」して堂内を静かにで緩歩する(詳細は省略。但し経行の呼吸法を規制(「一息半趺」(一呼吸の間に半歩だけ前進する))するのは誤り。所作事を持ち込んではいけない。酒井老師説)
- 以上が正身端坐の基本の形であるが、このような坐禅の姿勢を続けている時、我々の身体(尽十方界真実人体)が生命活動を営んでいる証拠に、我々の脳裡に自然に何らかの思い(念)、色々の事物等が忽然と浮かんで来る(「忽然念起」:前掲『脳はなぜ「心」を作ったのか』参照)。
最初に浮かんでくる念は、人間が如何ともし難い自然の生命活動の働きであり、決して妄念などではなく「正念」である。ただ初念が浮かんでも、二念を追わず上記の正身端坐を続ける、即ち「覚触ソク」(感覚次元のことでは無く、正しい坐相を維持する努力)により、目前の壁が自然に眼に映り、その瞬間にその念は脳裡から消えてしまう。この場合自我意識は発現せず、生命本来の在り方から外れることが無い。
ところがその最初の念が消えず、そのまま次々思い(次念以降)を追い続ける、例えば浮かんだ念を捉まえて思いを巡らし始めると、それは既に「考え事(思考)」であり、自我意識が活動を始めているのであり、もはや厳密には坐禅ではなく、生命本来の在り方から乖離し始めているのである。
ところでそのように自我活動が始まると、不思議に前述「法界定印」の親指の形が自然に崩れたり、背筋が曲がったり、自ずと坐相が崩れて来る。
つまり坐禅中、生理現象である自我活動は隙あらば始まろうとするが、常に正身端坐、即ち「覚触」の姿勢を続けて、生命本来の在り方に立ち帰る努力をすることが要諦である。因みに坐禅中の居眠りは身体自体が要求する自然な姿ではあるが、勿論坐禅ではない。
- なお坐禅と「現成公案」の信仰の関係について改めて述べておくと、脳の生理現象として自然に様々な念(考え)が浮かんで来るが、そのこと自体は身体の生命活動であるから、尽十方界真実として素直に頂くしかない。
それはその時の尽十方界の真実であり現成公案であるから、全て受容するしかない。この場合に、念が浮かばないように自ら意識して念の発生を押さえ込もうとするならば、逆に自我意識を働かせることになり、自分の好み或いは満足を追求することになって、却って坐禅の在り方から乖離する。
但し「すべて頂く」という意味は、次々起こって来る念を全部追いかけ掴まえる事ではない。その様な事を始めると、そこから自我意識の活躍が始まり正しい坐禅の姿は失われる。
あくまで「正身端坐」に終始して、次々起こってくる念をその都度追わず、身体本来の在り方に任せていくことが、現成公案を実践することである。
以上坐禅の実際について述べたが、『生命の実物』(内山興正著 柏樹社)は初心者のテキストとしては最適である。
- (ロ)、「只(祇)管打坐」(「只管」、「無所得・無所悟」)
- 次に「只(祇)管打坐」即ち「ただ無目的に坐る」ということが坐禅の根本であるが、前記六祖の言葉で明らかなように、「坐」が「禅」の実態であると同時に、禅の事実が坐であり、自我意識を棚上げにした正身端坐が坐禅の全てである。そこには通常の所謂「思考」は勿論、自己満足(自分で描いた理想の心境)の追求というような自力行は有り得ない。
「只管」或いは「無所得・無所悟」とは、「ただ」という意味であるが、それは大自然の在り方ないし大自然の生命活動の実態のことである。即ち大自然の営みは「無量無辺」であり、あらゆるものは、「無目的」に即ち「ただ存在させられて存在し」或いは「ただ生かされて生きている」のが実態である。それが人間の意志意欲等を超えた宇宙・大自然の実態である。
また「坐」(「打」は単に強め)は、上述の正身端坐の通り、身体が大自然(生命活動)している、即ち生きている事実を確保することである。このように「只管打坐」は、身体を生命活動の表情・景色(意志意欲・心理等)を超えた生命本来の在り方(尽十方界真実)に全て任せてしまうことであり、それが自我活動から生み出される一切の錯覚(でっちあげの理想等)から免れる方法でもある。この様に只管打坐は、大自然の在るがままのすがたに無限の絶対的な価値をおく信仰であると言える。
なお只管打坐には人間生活(意志意欲)が始まらないよう厳しい正身端坐の努力がなされていなければならない。つまり常に正身端坐の姿勢を保つ努力(覚触)によって生命本来の在り方(尽十方界真実のすがた)から外れないように努力しなければならない。そのままにしているならば、我々は「業識」即ち生理的習性によって本人の意志に関係なく必ず坐の中での人間生活(自我意識の活動)を開始してしまう。その時にはもはや只管打坐では無くなっている(生理的習性による逸脱)。
- (ハ)、「非思量」(不思量)
- 薬山惟儼(751〜834年)が初めて使った「非思量」(不思量)という言葉の実態について以下に説明する。(前掲『普勧坐禅儀』、『正法眼蔵』「坐禅箴」巻、『正法眼蔵三百則』中巻二十九参照)
或僧が薬山に問う 「兀兀地に什麼ナニをか思量する。」
薬山曰く 「箇の不思量底を思量す。」
僧曰く 「不思量底如何が思量せん。」
薬山曰く 「非思量。」まず「兀兀地」は兀坐即ち正身端坐のことであるが、或僧が薬山に「坐禅中は什麼(何)を思量するのか」と問うた。この「思量」は考えることではなく、『御抄』によれば、「坐禅の姿勢のこと」即ち「努力する」という意味である。「坐禅はどんな努力(姿勢)が必要か」という問である。
ここで注意すべきは「什麼」という疑問詞である。此れ迄も何度も述べたように、仏法における疑問詞は「問所は答所の如し」でそれがそのまま答である。この場合は「兀兀地の思量は什麼だ」ということになり、什麼は定義不可能な仏法の事実であり、自我を超えた身体本来の姿(尽十方界真実)を表現している。
従って「坐禅を努力することは身体本来の生命(尽十方界真実)の在り方・相だ」ということになる。次に薬山は此れに対して「思量箇不思量底」(思量は箇の不思量底だ)と答えている。この「不思量底」の「不」も、既に何度も述べてきたように否定の意味ではなく、大自然の絶対的な事実を表す。故に不思量底は、「不」の「思量」即ち「不(大自然)を努力する」ということで、「大自然の在り方(本来のすがた)を努める」ことである。
つまり人間が介在しない大自然即ち身体本来の在り方(尽十方界真実)を努力することである。なお「箇」は強めの語である。
従って(坐禅の)努力は自然の生かされたままの身体の在り方を努力することである。つまり「不思量底を思量する」とは、「不思量であることを努力する」、即ち自我意識の活動による仕事は一切しないで、大自然の本来の身心の在り方(尽十方界真実人体)をそのまま努める(「回光エコウ返照」と言う)ことである。
然し更にこの僧は、「不思量底」即ち「身体本来の在り方」は、「如何思量」即ち如何すればよいのかと問うているが、同様にこれも「如何」というのは疑問詞であるから、「不思量底」は「如何が思量」だとなり、「如何」は、真実の在り方として何も決まったものはない、即ち「無相」ということである。
つまり身体本来の在り方(不思量底)は「如何ともすることが出来ない」即ち大自然そのままの状態にするだけであると自ら答えていることになる。最後に薬山はこれまでの問答を総括して「非思量」と答える。この「非」も、「不」と同様当然否定の意味ではなく、「非(大自然の絶対的な姿・働き)」を努力をすることであり、不思量と全く同じ意味である。要するに「非思量」とは、尽十方界真実人体の生命活動そのもののことであり、身心の本来の在り方即ち大自然に生かされたままのすがたである。そしてこの事実をこそ「無念無相」と言うのである。
よく坐禅中全く何もアタマに浮かんでこない状態を無念無相だと誤解している人が多いが誤りである。このような誤りの原因は、「無」を通常の「何もない」という意味に取るからである。そうではなく、ここでも「無」は人間の意志意欲に関わりの無い大自然の絶対的な事実を指しているのである。従って「無念」は「無」の「念」即ち、人間の意志意欲に関わりなく、人間生命における脳の働きにより忽然と浮かんでくる「思い(念)」のことである。また「無相」も「無」の「相」即ち、「大自然の働き」による「すがた・形」である。
以上のことから、我々が「考える」という腦の精神活動も非思量・不思量(大自然)から恵まれた働きによって考えている、即ち尽十方界真実により考えさせられて考えているのである。
故に脳が「考えられること」以上のことは全く考えることは出来ないのである(人間の脳の限界)。
更に言えば、非思量(尽十方界真実)に支えられて生死(人生)しているのである。
因みに、不、非、無と並んで「莫マク」の例を紹介すると、『普勧坐禅儀』の中に「是非を管すること莫かれ」という言葉があるが、これは「莫管是非」と訓むべきで、莫は否定の意味ではない。
即ち「莫管」とは「自然のまま」という意味で、坐禅の時、是が起きて来ようが、非が起きて来ようがそのままにしておくということである。
- (ニ)、「念(正念、無念)」
- 「念(正念、無念)」ということについて、酒井老師の説を参考に以下に考えてみる。
「念」とは、生命活動即ち脳の働きにより生じるものであり、坐禅中のみならず、日常生活に於て我々が生きていく上で必要不可欠な働きであり、人間が意志意欲する以前の大自然の働き即ち尽十方界真実人体に恵まれた働きである(前掲『脳はなぜ「心」を作ったのか』参照)。
ところで念は、まさに「不起の一念」と言われる。「不起」、即ち「不」は絶対的且つ人間の介在を許さないという意味で、「自然に起こる」一念という意味である。
しかもこれは身体の生命活動の基本的な現象であり、身体の表情(心理現象)であると同時に、身心一如である「心」(宇宙・大自然の活動)の表情でもある。このような「念」は、本人の意識に上るものと、上らないものとがある。意識に上った時にはじめて「念」として明確に意識しそれを追求する。その時点で「自我意識」の活動が始まる。脳の生理現象であるこのような「念起」も、それを捉えて追いかけなければ、念は念の形をなさないで生命活動のその時の表情として消えていく。
生命活動の中から採り上げるものがなければ「人生」(生活)は始まらない。つまり「意志意欲活動」というものは、生理現象の契機を捉えて、尾ひれをつけて追求し続けて行くところから人間生活を展開させる。その「最初の契機」が「念起」である。
契機を捉える事がなければ、そのまま生理現象は消滅し、次にはまた新しく現象を現象し、それを絶えず続けている。これが尽十方界真実人体の生命活動の実態である。この事実を、禅では「父母未生已前」「空劫已前」「朕兆已前」「威音王已前」等と表現する。然しながら通常の日常生活においては、人間の生理的習性によって念起念滅しても取り合わない等という事は非常に難しい。それを可能にするのは只管打坐だけである。
元来人間は大自然の表情の中から、その時々の事情によって意志し願望し取捨選択して人間生活を送るように生理的に宿命づけられており、その宿命のままに自己満足追求の人間生活を送り、しかも往々にして暴走する。
従って「念起を採り上げない」というところには、当然人間生活での努力とは異次元のものがなければならない。つまりこのような生理的宿命である自我意識を超越するためには、「尽十方界の真実への開眼(の努力)」と「尽十方界真実人体の信仰」を獲得する事がなければならない。この安心の上でこそ「取り合わず」ということができる。
この開眼、信仰の獲得こそ一大事であって、「仏道」の項でも述べたように、師弟間の人格的疎通がなければならず、ここに「参師聞法」の眼目がある。なお「正念」の「正とは無(相)なり」(『三論玄義』)即ち「一(全体)をもって止まる義」であるが、つまり「これこそ正と決まったもの無し」ということである。
端的に言えば尽十方界真実、無為ということであり、正念も無念も同じ意味である。因みに「念」の語法には、(1)相続する(姿)、(2)努力する事、(3)思いだす働き等がある。
- (ホ)、「不染汚フゼンナ」
- 修行の在り方の指標「不染汚」について、六祖と南嶽懐譲の有名な問答(『正法眼蔵三百則』中巻一)を以下に紹介する。
南嶽が六祖に参じた時、
六祖曰く 「什麼イズレの処より来たのか。」
南嶽曰く 「嵩スウ山安国師の処から来ました。」
六祖曰く 「是れ什麼物インモブツ(如何なるもの)恁麼来インモライ(如何して来たる)。」
しかし南嶽は何とも答えることが出来なかった。
その後八年間南嶽は六祖の会下で修行して、六祖の言ったことを会得した。
そこで南嶽は六祖に八年前の話を持ち出して、「あの時和尚が言われた什麼物恁麼来を会得しました。」と言った。
六祖曰く 「汝作麼生ソモサンか会エす。」
南嶽曰く 「説似一物即不中(一物を説似するに即ち中アタらず)。」
六祖曰く 「還って修証を仮るや否や。」
南嶽曰く 「修証は即ち無きにあらず、染汚することは即ち得不ジ。」
六祖曰く 「祇だ此の不染汚、是れ諸仏之護念する所なり、汝亦是の如し、吾も亦是の如し、乃至西天の諸祖も亦是の如し。」
この公案では、まず疑問詞「什麼」「恁麼」「作麼」等が、仏法の真実即ち尽十方界真実を表現していることは、既に説明してきた通りである。
六祖が南嶽に「什麼の処より来たのか」と問うたのは、単に地理的な出所を聞いたのではなく、仏法修行者としては当然根本課題である自己の出所を自覚しているか否かを試したのである。
更に未熟な南嶽に対して、「什麼物恁麼来」即ち「ありとあらゆる事実は、ありとあらゆる在り方だ」(真実は此れこそと決まったものではない)、或いは諸法実相(あらゆるものが真実)だ、更に言えば「本来成仏」だと、尽十方界真実の在り方を示したのである。然しこのことが分からなかった南嶽は、分かるまでに六祖の指導の下で八年の修行を必要とした。
終に尽十方界真実に開眼した南嶽の言葉は「説似一物即不中」、即ち尽十方界真実を説明しても適当しない、或いは真実は把握不可能だということであった。尚ここの「一物」の「一」は「全、全体、全部」の意味で、「全物」即ち尽十方界のことである。
そこで六祖は本当に南嶽が仏法を会得したかどうかを確かめる為に、「尽十方界真実の在り方がそうだとするなら、即ち本来成仏(あらゆるものは尽十方界真実として完全である)ならば、真実の修証(実践)即ち修行は不要なのか」と問うた。
これに対し南嶽は「修行は当然必要ですが、有所得即ち自己満足追求の修行であってはならない。自己満足追求でない本当の修行をしなければならない」と答えた。
最後に南嶽のこの答えに満足した六祖は、「不染汚即ち自我意識を超えた大自然の生命の在り方を努めることこそが、諸仏が護念するところであり、汝も私も同様に心掛けるところである。それだけではない。インドの釈尊以来の仏祖方も同じである」と念を押した。(但し「不染汚」の「不」は上記の問答の趣旨から、「染汚」を否定する通常の意味である。尤も、染汚(自我意識)そのものも非思量(不)で染汚しているとも言える。)以上の公案から分かるように、「不染汚」は、自我意識を超えた大自然の生命の在り方を言い、不染汚の修行は、先述の正念を保つ努力であり、「非思量」の実践である。そしてまた平常心是道の修行である。
逆に「染汚」とは、自我意識(分別判断)の活動、自己満足の追求、ないし意志意欲活動であり、所謂「虜知念覚リョチネンカク(分別・知覚)」が働いている状態である。或いは特殊な心理状態(ノボセ・興奮)であることもある。
これらは全て生命活動の表情に過ぎず、生命活動そのものの真実を覆うものである。従って「染汚」の座禅とは、成果を求める作為的なものであり、自己の充足感を求めるものである(思索追求型の還源返本、心理操作型の息慮凝寂の経営、習禅の技術的階級を目指す観練薫修等)。
- (ヘ)、「図作仏ズサブツ」、「磨セン作鏡マセンサキョウ」、「坐仏」
- 『正法眼蔵』「坐禅箴」巻及び「古鏡」巻並びに『正法眼蔵三百則』上巻八で拈提されている南嶽・馬祖の師弟の問答は、「図作仏」、「磨セン作鏡」、「坐仏」等の言葉で坐禅の実態を的確に表現している。それを以下に紹介する。
南嶽の会下で、馬祖は「心印」即ち「坐禅」を親しく教えられて、同参の修行者達よりも一生懸命に南嶽山の中の小さな庵(伝法院)で常に独りで坐禅していた。
南嶽も馬祖を法器であると期待していたが、南嶽は、ひょっとして馬祖が自分勝手な誤った坐禅をしているのではないかと心配になって、或時馬祖の処へ行った。
そして南嶽は 「大徳、坐禅図箇什麼(大徳、坐禅して箇の什麼をか図る)」と問うた。
馬祖曰く 「図作仏(作仏を図る)。」
すると南嶽は一枚のセン (敷き瓦)を取って、庵前の石上で磨き始めた。
不審に思った馬祖は 「師作什麼(師什麼をか作す)」と問うた。
南嶽曰く 「磨作鏡(磨して鏡と作す)。」
馬祖曰く 「磨セン豈得成鏡耶(磨セン豈鏡と成すことを得ん耶ヤ)。」
南嶽曰く 「坐禅豈得作仏耶(坐禅豈作仏を得ん耶)。」
馬祖曰く 「如何即是(如何が即ち是ならん)。」
南嶽曰く 「如人駕車、車若不行、打車即是、打牛即是(人の車に駕するが如き、車若し行か不んば、車を打つが即ち是なりや、牛を打つが即ち是なりや)。」
馬祖無対(無言)。南嶽また示して曰く 「汝為学坐禅、為学坐仏。(汝坐禅を学ばんと為スるか、坐仏を学ばんと為るか)。若学坐禅、禅非坐臥(若し坐禅を学ばば、禅は坐臥に非ず)。若学坐仏、仏非定相(若し坐仏を学ばば、仏は定相に非ず)。於無住法不応取捨(無住の法に於て取捨す応ベカらず)。汝若坐仏、即是殺仏(汝若し坐仏せば、即ち是れ殺仏なり)。若執坐相、非達其理(若し坐相に執せば、其の理に達するに非ず)。」
馬祖は示誡を聞いて、醍醐を飲むが如し。
以上の前段の師弟の問答について、まず「坐禅図箇什麼」は、通常の意味では「貴方は坐禅して如何なる積りだ」である。ここの「図」は「描くこと、姿勢、行」の意味で、「はかる、企てる」の意味ではない。「箇」は強めの語であり、「什麼シモ(何)」(疑問詞)は「尽十方界真実」を表現している。然し「問所は答所の如し」の例により、「坐禅の図は箇什麼なり」と訓み、坐禅の行(姿勢)は尽十方界真実(本来の生命の在り方)であるということになる。
ところが南嶽が心配した通り、馬祖は「図作仏」即ち「仏になる積りです」と答えた。但し、これも仏法では「作仏の図」即ち作仏を描く、身体で仏を作る姿勢・行であるとなり、「只管坐禅」を意味する。
同様に「師作什麼」は、普通「師匠何をなさるのですか」であるが、「什麼」は真実そのものであり、「作什麼ソシモ」は「什麼を作す」、即ち「真実を実践する」ということになる。
次に「磨作鏡」(磨は作鏡なり)は、南嶽が目標を置かない(結果を求めない)只管打坐を此行為で表現したのである。センを磨いても永久に鏡にはならない。「只磨く」ということにこそ意味があるのである。
また「磨セン豈得成鏡耶」は、「センを磨いても鏡にはなりませんよ」だが、仏法では「磨センは得成鏡なり」、即ち「磨セン即ち只管打坐が、得成鏡即ち成仏そのものだ」と訓む。
同様に南嶽の「坐禅豈得作仏耶」は、「坐禅しても仏にならないぞ」、即ち坐禅することそのことが成仏だから、それ以上の目的は何もないぞと言ったのである。これも仏法では「坐禅は得作仏なり」と訓み、坐禅こそ成仏であるということになる。
因みに「磨セン作鏡」、即ち成仏のためではない「只管打坐」を端的に表現したものが、『法華経』「化城喩品」の「大通智勝仏、十劫坐道場、仏法不現前、不得成仏道。」(大通智勝仏は十劫の間道場に坐し給えども、仏法は現前せずして仏道を成ずることを得給わざりしなり)の言葉である。
そこで困った馬祖は「如何即是」即ち「どうすればいいのでしょうか」と言った。これも仏法では、疑問詞「如何」は「如何なるものも」と訓むのが常識であるから、「如何なるものも即ち是(得作仏)である」と訓める。なおその裏には「真実は人間の納得とは関係が無い、何とも無いものである」という意味が含まれている。
すると南嶽は「如人駕車、車若不行、打車即是、打牛即是」、即ち「人が(牛)車に乗った場合に、もし車が進まない時、車を打つのがよいのか、牛を打つのがよいのか」と言った。
この場合仏法の解釈は次のようになる。即ち「如人駕車」は「人が坐禅している状態」を表現している。
そして「車若不行」については、「車行」或いは「車不行」即ち車が進む時も進まない時もあり、どちらも「車(坐禅)」即ち尽十方界真実人体の姿であることに変わりはない。
これは「如何即是」即ち「如何なるものも作仏」であることからすれば、「作仏に条件は無い」、つまり車行も車不行も、「尽十方界(尽十方界真実人体)のその時の様相」であり、「作仏」であることを表している。
ところで「車若不行」の時、通常の常識とは異なり、仏道では「打車」もあれば「打牛」もある。例えば前者は妄念が起こる場合であり、後者は妄念が起こらない場合を指している。この様な南嶽の問に対し、馬祖は「無対」、即ち坐禅の時、身体の在り方(その時の尽十方界真実人体の様相)として打車も打牛も両方あることに初めて気付き、黙って南嶽の言葉を受け入れた。
ここから後段の南嶽の説法が始まる。つまり「汝為学坐禅、為学坐仏」は「お前は坐禅を学ぼうとするのか、坐仏を目的としているのか、どちらだ」と言う。
これも仏法では「汝坐禅を学ばんと為スるは、為コレ坐仏を学するなり」と訓める。ただし「学」は「行」(実修実証)の意味である。
若し坐禅を学ぼうと思うならば、「禅非坐臥」即ち「禅は坐臥ではない。」ここの「禅」は坐禅で、「坐臥」は日常の自我活動が支配する生活姿勢のことである。
つまり尽十方界真実の実践である坐禅と日常の生活姿勢である「行住坐臥」とは根本的に異なるものだということである。また若し坐仏を学ぼうと思うならば、「仏非定相」即ち「仏(尽十方界真実)」は「非定相」である。仏は定まった形はない。即ち尽十方界真実は固定的なものはない(廓然無聖)。そして「於無住法不応取捨」とは、坐禅は「無住法」即ち何処にも足場や立場が無いものであるから、個人的な自我活動による取捨選択をしてはいけない、というよりむしろ立場が無いから何もしなくてよいということである。
更に「汝若坐仏、即是殺仏」は、若し本当に「坐仏」であれば、もうそこには仏というものは無い、仏を求める必要はない。従って、坐仏するということは「仏を殺すこと」、即ち坐禅に徹することが「殺仏」である。
最後に「若執坐相、非達其理」の「執坐相」は厳密な正身端坐をすること、自分(自己意識)というものを残さず坐相(正身端坐)そのものを徹底努力することであり、それが「非達其理」、即ち「非は達其理である」と訓み、「尽十方界真実そのもの」であるということになる。
結局南嶽は徹底的に「只管打坐」を強調している。このような南嶽の説法を聞いて、馬祖は自分の過ちに気付き、本当の仏法の有り難さを知ったのである。
- (ト)、「調息致心チョウソクチシン」
- ここで坐禅における調息致心ということについて付言しておくと、結論から言えば、正身端坐をすれば、調息致心も自ら完全に行われるということである。大自然である身体そのものの働きである呼吸を自然そのままに任せることである。『永平広録』巻五にある次の言葉が調息致心のあり方を明確に示している。
◎「先師天童曰く。息入来て丹田に至る。然りと雖も従来の處に無し。所以に長からず短からず(不長不短)。息丹田を出で去る。然りと雖も去處を得ること無し。所以に短からず、長からず。先師既に恁麼道イう。永平に或る人有って、和尚如何が調息せんと問わば、只他に向って道わん。・・・・・出息入息。非長非短。」
つまり、道元禅師の師 天童如浄禅師は『息は入ってきて丹田に至る。然しどの息がどうということは無く自覚が無い。だから長くも短くも無い。また息は丹田を出て去る。然しどの息がどうということは無い。だから短くも長くも無い。』と言われた。
私(永平道元)に若し人が『和尚はどのように息を整えるか』と問うたら、只その人に『出る息も入る息も、非長非短即ち自然そのまま』と言おう。
即ち調息について、如浄禅師は言わば「腹式呼吸」を示しているが、道元禅師は、呼吸は自我と無関係の身体の生命活動であるが、長短は人間の概念(自我)基準であり大自然と無関係であるとの観点から、「出息入息。非長非短」と示されている。
つまり道元禅師は、師の如浄禅師を超えて、呼吸は身体の自然な生命活動に任せるということで、人為的な呼吸法の長短の技術は勿論、呼吸の長短等意識することも無い。全部自然に任せるということである。
- (チ)、「三昧」、「脱落」、「解脱」
- 最後に、一般的にしばしば誤って使われることが多い「三昧」「脱落」「解脱」等の仏法上の正確な意味を述べておかねばならない。
既に「仏法」の項で説明したように、川(宇宙・大自然)は様々な波(表情)を表しながら一時も休むことなく流れ(活動)続けている。つまり宇宙・大自然がその時々の様々な現象(表情)に関わり無く常に活動し続けている事実を、「三昧」「脱落」「解脱」等と言うのである。そしてこの事実は大自然である人間の身体についても同じである。人間は身体(大自然)の生命活動(三昧・脱落・解脱)の中でその表情である喜怒哀楽の人生(自我)を送っているのである。ところで三昧・脱落・解脱が意味する実態は同じであるが、それぞれの言葉に関連して二、三述べておくことがある。
まず「三昧」は、禅那、正受(生かされている)、心一境性、等持(自然のリズム)、自性清浄などとも訳される。即ち生かされて生きている事実を言う。
「三昧王三昧(三昧の中の王の三昧)」という言葉があるが、正に只管打坐、即ち純一に本来の在り方(本来の面目)を正しく受用し、選り好みで偏向せず等持して努力することを意味している。
特に三昧についてよく説かれているのは、『正法眼蔵』「海印三昧」巻である。「海印三昧」とは「海印は三昧なり」で、「海」はあらゆるものが全部具わっている尽十方界の在り方そのものを意味する。大海の中身は全部「海」で、海(尽十方界)ならざるもの無しということである。この巻は曹山の「大海不宿死屍(大海死屍を宿さず)」つまり死屍を大海に入れても、死屍は海の一部を構成して全部海になってしまう事実、即ち尽十方界には自他の対立がないことを述べている。
因みに、一般的に「釣り三昧」等と使われる三昧は、「熱中・夢中」等の意味であり、仏法の三昧とは凡そ反対の「のぼせ、陶酔、満足追求」等の自我活動を表していることになる。
かつて某京大教授が三昧の実態を陶酔の状態とはき違え、薬物による陶酔状態を現出させる試みを行ったということを著者は仄聞した記憶がある。次に「脱落」は、尽十方界真実人体の姿であるが、特に道元禅師が天童山の如浄禅師の下で坐禅修行している時、たまたま僧堂における隣「単」の修行僧の居眠りを如浄禅師が叱正されたことが直接機縁となって道元禅師が悟られた。
そしてその時の道元禅師の言葉が「身心脱落(身心は脱落なり)」、「脱落身心(脱落は身心なり)」である話が有名である。これについて、酒井老師は後述『正法眼蔵』「法華転法華」巻の提唱の中で注意されているが、その場合の「機縁」の内容が、僧の居眠りが悪い即ち修行の仕方が悪いというような表面的な問題ではなくて、その修行僧がまともに如浄禅師に打たれている姿、即ち現実をそっくりそのまま受け入れていた修行僧の態度が「現成公案」であるということに気が付かれたことにある。このような態度を「不会」「不識」(当たり前のこととして頂く)と言うが、このような仏道修行の在り方が、「身心脱落」という言葉に表れたと示されている。
因みに『仏教の思想』「古仏のまねび」(角川書店)で高崎直道氏が「身心脱落」は誤りで「心塵脱落」が正しいとしているのは、仏法を本当に学んだことがなく、「心」を心理的なものとしか知らない愚かで哀れな仏教学者であることを暴露している。なお脱落・解脱は後述「不可得」とも同義であり、「大自然の如何ともすることのできない絶対的な事実」のことである。「不回互エゴ」という言葉も同様である。
三 禅の偏向(看話禅)
以上、坐禅について詳しく述べてきたが、次に禅の偏向の問題について述べる。
まず中国禅宗には大きく二つの系統がある。即ち六祖の弟子である青原行思と南嶽懐譲の二つの系統である。
前者は石頭希遷―薬山惟儼―雲巌曇晟(782〜841年)―曹洞宗の祖 洞山良价(807〜869年)から天童如浄へと続き、日本曹洞宗の祖 永平道元(1200〜1253)に至る禅の流れと、
後者は馬祖道一―百丈懐海(720〜814年)―黄檗希運―臨済宗の祖 臨済義玄から楊岐派の圜悟克勤(1063〜1135年)―大慧宗杲(1089〜1163)、そして日本臨済宗の白隠慧鶴(1685〜1768年)に至る流れとである。(付録(三)伝燈仏祖法系略図参照)ところで中国では、南宋時代「興禅護国」の国家主義仏教が支配的になり、既に六朝時代から制度化されていた「官寺」の制を新たに等級化し、国家の祈祷道場の役割を果たす「五山十刹」の制度化が行われた。
また宋初時代以後『伝燈録』『宗鏡録スギョウロク』『宋高僧伝』等古典の編纂が盛んに行われた。
それは唐代の日常生活に即した禅の実践とその誤りを正す現実の禅問答や思想を、知識人の教養のために、文学的抽象的な古人の軌則即ち古典として定型化したものであり、これによって、士大夫(知識階級)層の参禅増加に対応する公案研究の組織的方法が考案された。そしてこのような公案研究の組織的方法を考案したのが、南宋の上層官僚と密接な繋がりを持っていた大慧宗杲であり、所謂「公案禅」或いは「看話カンナ禅」と言われる禅をでっち上げた(当時の言わば一種の新興宗教と言える)。
その特徴とするところは、座禅中に「大疑」、即ち後述「趙州狗子」(『正法眼蔵三百則』中巻十四)の公案の所謂「無」字を取り上げて、全身全霊で「無」の考えに熱中し、究極的な「大悟」即ち特殊な心理状態を求めてそれに陶酔する。
言わばインド小乗仏教以来の瞑想技術である精神集中の一種であり、所謂「自調の行」であって、正に「禅の偏向」と言うべきものである。白隠等もまさにこの系統の禅である。本来坐禅は、主客合一・能所泯亡・依正一如等と表現される実態、即ち生かされて生きている事実を実修実証することである。
ところが公案禅は、主客合一をはき違えて、人為的に対象と一体になろうとする、例えば無字の公案において、自我意識が「無」という対象と一体になろうとするものである(無門慧開(1183〜1260年)の『無門関』)。
なお大慧は、道元禅師が「古仏」と呼んで尊敬した曹洞宗の宏智ワンシ正覚(1091〜1157年)の「只管打坐」の坐禅を「主体的な大疑の欠如である」と批判し「黙照邪禅」と呼んだ。然し宏智は却って『黙照の銘』を著わし、大慧を相手にしなかった。大慧は、前項「禅」の南泉と黄檗の公案における「主体性(自我)」の放棄とは全く逆の主張を行うのである。要するに彼は仏法の何たるかを全く理解せず独善(自我中心)に陥っていた。因みに宏智正覚撰述の『坐禅箴』の中に、仏祖が仏を行ずる坐禅の実態を述べた「不触事而知、不対縁而照」(事に触れずして知り、縁に対せずして照らす)という言葉がある。
つまり「不蝕事」も「不対縁」も共に「知覚分別に基づかない」尽十方界の真実の在り方を示している。即ち「知」も「照」も対象を判断して解るという自我意識の知覚・分別の次元ではなく、能所(主客:自我意識と対象)を超えた尽十方界真実人体ないし尽十方界の「知」の在り方・様相、「照」の在り方・様相である。つまり「知」は尽十方界真実人体としての知であり宇宙・大自然の生命活動である。また「照」も同様に尽十方界の生命活動そのものである。いずれも同じ「尽十方界(真実人体)の或る時の様相」であることを表している。
同様に道元禅師撰述の『坐禅箴』の中の「不思量而現、不回互而成」(不思量にして現じ、不回互にして成ず)は、「不思量」は前述の通り「大自然の在り方」、「不回互」も同様の意味であるから、いずれも尽十方界真実の実態を表し、「不思量」が「公」、「不回互」が「案」で、言わば「公案現成」即ち絶対的自然の姿を表現している(『正法眼蔵』「坐禅箴」巻)。
[参考]
曹洞宗 看話禅系 原田祖岳(禅定家)
「道元禅師未完成品」主唱
相国寺専門道場経由、暴れ者の異名福井・小浜法心寺門下 渡辺玄宗(元総持寺貫首)
鎌倉臨済禅を受け入れ
曹洞宗と折中を図るも中途半端黙照禅系 西有穆山
(眼蔵家)笛岡凌雲 沢木興道
無所得・無所悟坐禅酒井得元 内山興正 丘宗潭 岸沢惟安
眼蔵・訓話的研究 枝葉末節・大綱の明確さ欠除橋本恵光(愛知・雲居寺)
独善・独断 枝葉末節・大綱の明確さ欠除秋野孝道 安藤文英・神保如天
「正法眼蔵註解全書(十巻)」(坐禅軽視)
四 黙照禅と看話禅の相違
以下に酒井老師が説かれた「黙照禅」(只管打坐)と「看話禅」(禅の偏向)の相違を述べる。
- 第一に、黙照禅は、「無為法」即ち生活(自我意識発現)以前の姿勢である。「有為法」即ち自我に基づく一般的な生活現象は無為法を母胎とする。 看話禅は、有為法そのものであり、自己満足追求の欲望による行為である。
- 第二に、黙照禅は、大乗(仏祖・菩薩)の坐禅(精進波羅蜜)である。 看話禅は、小乗(声聞・縁覚)の自己満足追求、自己陶酔の自調の行であり独善である。
- 第三に、黙照禅は、無相(大自然の在り方)即ち自我意識以前の無分別智(尽十方界真実)であり、無分別行(大乗の行)である。 看話禅は、有相即ち作為されたもの、因縁所生の現実の存在であり、意識(自我)の対象即ち能縁所縁(主体客体)関係である。即ち「意識が対象と一体になり無になる」とする。
- 第四に、黙照禅は、無所得・無所悟即ち自我意識の放棄ないし分別・感覚の一切棚上げであり、尽十方界真実そのものを具現する。 看話禅は、有目的的であり、理想像即ち欲望を追求する。自調の成果に自己満足し、予め想念していた自己に陶酔(自己限定)する。
- 第五に、黙照禅は、本来の三昧であり、技術の発生する契機はない。それを表現する六祖慧能の言葉は「慧能技倆なし、百思想を断ぜず、境に対して心数々起こる、菩提作麼か長ぜん。」(私には念を押さえるような技術はない。生命現象である正念を選り好みせず全部頂く。菩提(真実)は理解出来るものではなく、現実を只頂くだけ。) 看話禅は、生活経験内の行法であり、技術的で分別的である。それを表現する臥輪禅師の言葉は「臥輪伎倆あり、能く百思想を断ず、境に対して心起こらず、菩提日日に長ず。」(私は煩悩を断ずる力量がある。従ってアタマに念が浮かばない。悟りはどんどん深まっていく。)
- 第六に、黙照禅は、「修証一如」即ち修行そのものが成仏(尽十方界真実)であり、「一超直入如来地」である。 看話禅は、「十牛図」のような概念的な修行の階級が存在する。目標を持って修行する。
- 第七に、黙照禅は、上記第六の通り、「初心の弁道すなわち本証の全体なり」(「弁道話」)、即ち初心者であっても坐禅すれば尽十方界真実の実践である。 看話禅は、「動中の工夫は静中の工夫にまさること百千倍」(大慧宗杲)。静中の工夫即ち座禅は 公案工夫のための手段に過ぎない。
- 第八に、黙照禅は、正身端坐を先とした調息致心(『永平広録』巻五)であり、これを「帰家穏坐キカオンザ」と言う。即ち呼吸は本来付与されている自分では如何ともなし得ないベース(意志的なものの介入無し)に任せる。 看話禅は、「数息観」(息を数える)を採用するが、これは自調の行であり、放逸致心のべースを自分で調整する。即ち澄すべき「こころを所有」すると考える。また「興奮」は熱烈な求道(禅機)の姿であり、何時如何なるところでも煩悩に勇猛に抵抗できる気力であるとする。
- 第九に、黙照禅は、只管打坐(三昧王三昧)であり、身心脱落、寂静(大自然の真実の様相)無為(人為的なもの無し)であり、行持綿密(不染汚)即ちその時のからだの調子に任せきりである。 看話禅は、「見性」即ち真実を求めて熱中し公案を思念工夫する座禅であり、その興奮の終着駅は真実を手に入れたと思う錯覚である。白隠禅(『遠羅天釜』『夜船閑話』)には思念するものとされるもの(能所)がある。
- 第十に、黙照禅は、宇宙全体が真実(尽十方界真実)であり、これこそは真実というような根本原理は無い。従って永久に疑団の解決は無い。仏道は自己満足の追求を放棄することであり、無所得・無所悟の「不染汚」の坐禅を修行することである。 看話禅は、「教外別伝」で、これこそ真実というような原理的なものを追求し、自らでっち上げた疑団の解決のため「さとりを手に入れる」即ち自己満足の追求に終始する。つまり「習禅」即ち特殊な心境になる目的を以て修練する座禅であり、所謂「染汚」の座禅である。
因みに坐禅の坐の字の使用が、黙照禅は、上述一、坐禅に関する典拠の六祖の言葉に明らかなように「坐」であるが、看話禅は、単に坐る場所、居所を表す「座」を用いて「座禅」としている。また黙照禅では、「公案」は日常生活における規範であり、坐禅中に取り扱うべきものでないことは言うまでもない。なお曹洞宗でも坐禅中に「警策キョウサク」を用いているが、これは臨済宗(看話禅)で眠らない為の工夫として用いていたものであり、江戸末期に曹洞宗でも使用するようになったもので、本来人為的なものを全て排除する坐禅の在り方からすれば妥当ではない。
以上のように、黙照禅と看話禅の相違を述べたが、特別な人しか悟れないような看話禅は、真の普遍的な宗教とは言えない。黙照禅のように、誰でも只管打坐すれば尽十方界真実を実践出来ると同時に、それが成仏であるという尽十方界真実人体と坐禅の信仰こそ真の宗教に値するものである。
五 終りに
最後に『正法眼蔵』「生死」巻の「ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ仏となる。たれの人かこころにとどこほるべき」という有名な言葉は、正に只管打坐の坐禅を表現した言葉である。
つまり、身心(身体)を正身端坐である「仏のいへ」の坐相に任せきると、「仏のかたよりおこなわれて」即ち身体本来の大自然の生命が活動する。この姿勢を続けていると、自然に「生死」即ち自我意識が支配する「人生(人間生活)」は棚上げされて、仏(尽十方界真実)が実現している。従って誰でも行き詰まりが無くなることになる。
なお『正法眼蔵』「現成公案」巻に「法もし身心に充足すれば、ひとかたは、たらずとおぼゆるなり」とあるように、坐禅は人間に満足感を与える様なものは絶対に無い。
我々が大自然に生きているということは、「ただ生きている」(無所得・無所悟)だけである。また前掲「坐禅箴」巻の「参禅は坐禅なり」という言葉は、叢林(僧堂)の長連牀上に在って昼夜坐禅ベン道することが大切である事、そして「仏道」の項の『永平清規』「弁道法」の趣旨(自我の放棄)を守って団体で修行し、お互いが善知識となって、一生不離叢林の修行を続ける事を説示している。
<仏法の常識>
- 「面授」は、「面現成授」で、仏面(本来の面目)が現成(生の真実)し授けられる、即ち師から資(弟子)へ直接親しく仏法を伝えること。当然師資の信頼・一体性を意味し、只管打坐が前提となる。所謂「仏に逢う」とは、本来の自己に立ち還ること。坐禅が無ければ面授も無い。『正法眼蔵』「面授」巻は、只管打坐の絶対性を述べている。
- 「一坐二行三心」(内山興正老師説) 坐禅人は、坐禅の背景に「誓願・懺悔」、「老心・喜心・大心」が無ければならぬ。
「二行」とは誓願・懺悔。「誓願」は、人間は、「生来の自分」(「業生の凡夫」)と「本来の自己」との兼ね合いの中に生きている。生来の自分から見れば、本来の自己は、向かう方向としてある。後述「懺悔」は、本来の自己から生来の自分を見ると、生来の自分は、本来かくあるべきだと思いながらそれが実現していない。即ち「業(生理現象)」に縛られて本来の自己が実現できない。その限り、そこに懺悔の意義が存する。真の懺悔は只管打坐することである。
「三心」とは、老心・喜心・大心であり、誓願の具体的な働き方を指す。「老心」は、一切に思い遣る心、行き届く心であり、何もかも我が生命の分身だから親心を持って大切にする。
◎「三界は吾が有、その中の衆生は悉く是吾が子」(『法華経』譬喩品)。
「喜心」は、老心を持って面倒を見ていく処に、真の生き甲斐が生まれる。
「大心」は、自我を超越してあらゆる比較分別をしない。分別・無分別を超えることである。
- 「守るとも思わずながら小山田のいたずらならぬ僧都カガシなりけり」(『傘松道詠』「坐禅」)
- 正法眼蔵要語
- 「行持綿密」とは、修行が自我に染汚されていないこと、選り好みしないことである。
- 「見性成仏」とは、目に見えるもの全て真実丸出し、即ち諸法実相のこと。「見性」とは、「見は性なり」(『頓悟要門』)で、「見」即ち「現実」は全て「性」即ち「真実」であるという意味である。
- 「証上の修」とは、「証」即ち尽十方界真実(大自然の姿)の中で「修」即ち真実を実践すること、即ち只管打坐のことである。
- 「直指人心」とは、「直指が人心である」、即ち坐禅のことであり、生命そのものに直接することである。尽十方界真実人体を常に明確に示している事実であり、例えば直指人心で歩いている。
- 「常精進」とは、尽十方界真実人体の修行を絶えず実践(実修実証)することである。 但し目的に向かっての一途な努力という意味ではない。
- 「大死人」とは、只管打坐人(「枯木人」)であり、尽十方界真実人体のことである。
- 「死灰」とは、通常の人間から見れば無意味なものであるが、仏法上は生理的習性(自我意識)に振り回されない在り方を言う。
- 「道場」とは、尽十方界真実が実践(実修実証)されている事実。物の在り様。