T、坐禅総説
『普勧坐禅儀』の本文の解説に先立って、以下に前掲拙著『入門・仏法と坐禅』から道元禅師の只管打坐の坐禅の概要を引用する。
(一)坐禅に関する典拠(道元禅)
まず坐禅に関する決定的な典拠を挙げてみよう。
◎ 打坐は即ち正法眼蔵涅槃妙心なり。(『永平広録』巻五)
このような「只管打坐(ただ坐る)」がそのまま「正法眼蔵涅槃妙心」即ち尽十方界真実(仏法)であるという端的な言葉は、正に道元禅師にして初めて言い得る言葉であり、「道元禅」の心髄を表している。言わばこの一句で『普勧坐禅儀』の内容を表現していると言える。
◎ 何を坐禅と名づく。此の法門の中無障無碍なり。外一切善悪の境界に於て、心念起こらざる。名づけて只管打坐の坐禅は、「無所得・無所悟」即ち「何の為でもなく、只生きている(存在している)」ことがその本質である「大自然の在り方」を、そっくりそのまま実修実証(実践)することであり、それは即ち人間的営み(自我意識)の棚上げに他ならない。
つまり日頃有目的に明け暮れている自我中心の我々の在り方を放棄して、大自然そのままの生命の在り方に戻る努力をすることであり、言わば人間に恵まれた欲を、本来生存に必要な範囲(生命維持が基本)の大自然の在り方に返す行が只管打坐の坐禅である。
坐と為す。内に本性を見て乱れざるを禅と為す。
(『六祖壇経』)
これはインド的な瞑想技術中心の坐禅から宇宙(尽十方界)規模の坐禅へと一転機を画し、中国禅宗を事実上確立したとされる六祖大鑑慧能(638〜713年)の言葉である。
◎ 外諸縁を止め、内心あへぐことなし。心牆壁の如くにして、以て道にいる。(達磨の壁観)まず「法門」とは「身体全体」のことであり、その中「無障無碍(ゲ)」とは、生きている事実において邪魔になるものは何も無い、即ち人生の苦悩は生命活動の風景であって障害ではないということである。
次に「一切善悪の境界」とは「自我活動(意志意欲・分別)」のことである。「心念起こらざる」とは、「心(宇宙・大自然の活動)」の表情が「念(精神活動)」であり、取捨選択の念を起こさない様な身体の姿勢を確保していることである。
そして「坐」は、人間が自我活動により積極的な行動を起こしにくい状態、即ち身体が大自然(生命活動)している本来の生命の在り方を確保することである。
また「本性を見」とは、「本性」は「本来の生命活動の在り方」であり、「見」は、「現」の意で「実践」すること、即ち「生命本来の在り方を実践する」ことである。
「乱れざる」は「不乱」即ち常に正常な位置を保ってリズムを乱さないことである。
更に自我意識発現以前の尽十方界真実人体には、本来「内(自己)」も「外(外境)」も無い。
つまり身体は環境と一体(依正一如)で生きており、能所(主客)の対立は無い。
これを「一行三昧」とも言う。
そして「禅」とは、尽十方界真実そのもの、生命そのもののことである。
要するに、「何を坐禅と言うか。坐禅を行じているこの身体において様々な念が沸き起こって来ても、それはその時の生命活動の風景であり且つ尽十方界の真実の姿である。
取捨選択せずに放置すれば、生命そのものにおいては何の障害にもならず、生命活動のリズムが自然に保たれて、大自然そのものが行じられている。
このような坐禅の正身端坐の外面的相(スガタ)が「坐」であり、その内面相が「禅」(生命)である」ということである。
「外諸縁を止め、内心あへぐことなし」は只管打坐の坐禅のことである。
「心牆壁の如く」は、「牆壁」が所謂「平常底」を意味するから、「平常心」のことである。従って後段は正に「平常心是道」のことである。
なおこれに関して、黄檗希運(オウバクキウン)(〜855-9年)は、「達磨の面壁はすべて人をして転機あらしめず」(『伝心法要』)と言っている。即ち、坐禅したからといって、何も変わらないということである。
通常、人間は何か功利的な結果を求めがちだが、坐禅はただ尽十方界真実を実践することだけであり、「平常心是道」の具体的修行に過ぎないことを述べている。
(二)坐禅儀
以上のように、坐禅が如何なるものか、上述の典拠から明らかであるが、簡単に言えば坐禅は人間の自我意識発現以前の基本的な生命活動乃至基礎的生命の在り方の実践(実修実証)である。そこで以下に坐禅の実態を表現するキイワードを解説しながら、坐禅の実際を説明するが、その根本は『普勧坐禅儀』である。
(イ)「正身端坐」
最初に坐禅における身体の姿勢の在り方である「正身端坐」について説明する。
(ロ)「只(祇)管打坐」(「只管」、「無所得・無所悟」)まず壁に向かった坐處に座褥(ニク)(「座布団」)を置き、その上に「坐蒲(フ)(小型の円形の蒲団で、詰め物はパンヤ)」を置く。そしてこの坐蒲の上に臀を乗せて足を組む。
足の組み方は、「結跏趺坐(ケッカフザ)」又は「半跏趺坐」(結跏趺坐が出来ない場合)とあるが、「結跏趺坐」は右足を左のももの上に乗せ、左足を右のももの上に乗せて足を交差させる。
「半跏趺坐」はただ左足を右のももの上に乗せるだけでよい。なお両膝はしっかり座褥につくようにする。
上体の重みが両膝と坐蒲上の臀との三点にかかる状態にする。その際腰を立てて尻を後方に突き出すようにし、背骨を伸ばし、首筋も伸ばして顎を引き、舌を上顎に付け上下の唇歯も相着けて、後頭部で天を突き上げるようにする。
足を組むことは自我による生活行動が直ぐにはし難い形であり、我が侭勝手はしないという姿勢である。
次に両肩は張らず楽にして、右の手を既に組まれた左の足の上に置き、左の掌を右の掌の上に置いて、両掌で半円を描くような感じで、両方の親指が水平に軽く触れる程度に出合わせる(*所謂「法界定印(ホッカイジョウイン)」と言い、意識を明確に保つバロメーター)。
目は普通に開いて壁を見、視線は、前方約六〇度に落とす(凝視するのではない)。
更に口を開いて息を大きく吐く(欠気(カンキ)一息)ことによって気分を転換すると共に、二、三度身体をゆっくり左右に揺って姿勢に無理や窮屈なところがないようにリラックスさせた後、不動(兀坐)の姿勢に入る(尚臍下丹田に力を入れるのは誤り)。
そして鼻でする呼吸は自然に任せる。
坐禅の時間は「一チュウ」(線香の燃焼時間40〜50分間)を単位とし、坐禅が長時間に亘って行われる場合は、一チュウ毎に「経行(キンヒン)」即ち「叉手(シャシュ)又は揖(イッ)手」して堂内を静かに「一息半趺(イッソクハンプ)」(一呼吸の間に半歩だけ前進する)で緩歩する(詳細は省略)。
以上が正身端坐の基本の形であるが、このような坐禅の姿勢を続けている時、我々の身体(尽十方界真実人体)が生命活動を営んでいる証拠に、我々の脳裡に自然に何らかの思い(念)、例えば、仕事のこと等が忽然と浮かんで来る。
最初に浮かんでくる念は、我々が如何ともし難い身体(生命活動)の自然の働きであり、決して妄念ではなく「正念」である。
ただ初念が浮かんでも、上記の正身端坐を続ける、即ち「覚触(ソク)」(正しい坐相を維持する努力)により、目前の壁が自然に眼に映り、その瞬間にその念は脳裡から消えてしまう。
この場合自我意識は発現せず、生命本来の在り方から外れることが無い。
ところがその最初の念が消えず、そのまま次々思い(次念以降)を追い続ける、例えば、仕事の予定や段取り等に思いを巡らし始めると、それは既に「考え事」即ち自我意識が活動を始めているのであり、もはや厳密には坐禅ではなく、生命本来の在り方から乖離し始めているのである。
そのように自我活動が始まると、不思議に前述「法界定印」の親指の形が自然に崩れたり、背筋が曲がったり、自ずと坐相が崩れて来る。
つまり坐禅中、生理現象である自我活動は隙あらば始まろうとするが、常に正身端坐、即ち「覚触」の姿勢を続けて、生命本来の在り方に立ち帰る努力をすることが要諦である。
因みに、坐禅中の居眠りは身体自体が要求する自然な姿ではあるが、それは勿論坐禅ではない。
なお坐禅と「現成公案」の信仰の関係について述べておくと、脳の生理現象として自然に様々な念(考え)が浮かんで来るが、そのこと自体は身体の生命活動であるから、尽十方界真実として素直に頂くしかない。
それはその時の尽十方界の様相であり現成公案であり、全て受容するしかない。
この場合に、念が浮かばないように自ら意識して念の発生を押さえ込もうとすることは、逆に自我意識を働かせることになり、自分の好み或いは満足を追求することになって、坐禅の在り方から乖離する。
但し「すべて頂く」という意味は、次々起こって来る念を全部追いかける事ではないのは勿論である。
その様な事を始めると、そこから自我意識の活躍が始まり正しい坐禅の姿は失われる。
あくまで「正身端坐」に終始して、次々起こってくる念をその都度追わず、身体本来の在り方に任せていくことが、現成公案を実践することである。
次に「只(祇)管打坐」即ち「ただ無目的に坐る」ということが坐禅の根本であるが、上述六祖の言葉で明らかなように、「坐」が「禅」の実態であると同時に、禅の事実が坐であり、自我意識を棚上げにした正身端坐が坐禅の全てである。
(ハ)「非思量」「不思量」そこには通常の所謂「考え事」は勿論、自己満足(自分で思い描いた理想の心境)の追求というような自力行は有り得ない。
「只管」或いは「無所得・無所悟」とは、「ただ」という意味であるが、それは大自然の在り方ないし大自然の生命活動の実態のことである。
即ち大自然の営みは「無量無辺」であり、あらゆるものは、人間的な意味では「無目的」に、即ち「ただ存在させられて存在し」或いは「ただ生かされて生きている」のが実態である。
それが人間の意志意欲等を超えた宇宙・大自然の実態である。また「坐」(「打」は単に強め)は、上述の正身端坐の通り、身体が大自然(生命活動)している即ち生きている事実を確保することである。
このように「只管打坐」は、身体を生命活動の表情・景色(意志意欲・心理等)を超えた生命本来の姿(尽十方界真実)に全て任せてしまうことであり、それが自我活動から生み出される一切の錯覚(でっちあげの理想等)から免れる方法でもある。
以上只管打坐は、大自然の在るがままのすがたに無限の絶対的な価値をおく信仰である。
なお只管打坐には人間生活(意志意欲)が始まらないよう厳しい正身端坐の努力がなされていなければならない。
つまり常に正身端坐の姿勢を保つ努力(覚触)によって生命本来のあり方(真実の姿)から外れないように努力しなければならない。
そのままにしているならば、我々は「業識」即ち生理的習性によって本人の意志に関係なく必ず坐の中での人間の生活(自我意識の活動)を開始してしまう。
その時にはもはや只管打坐では無くなっている(生理的習性による逸脱)。
薬山惟儼(ヤクサンイゲン)(751〜834年)が初めて使った「非思量」(不思量)という言葉の実態について以下に説明する。
(ニ)「念(正念、無念)」或僧が薬山に問う「兀兀地に什麼をか思量する。」薬山曰く「箇の不思量底を思量す。」僧曰く「不思量底如何が思量せん。」薬山曰く「非思量。」
まず「兀兀地」は兀坐即ち正身端坐のことであるが、或僧が薬山に「坐禅中は什麼(何)を思量するのか」と問うた。
この「思量」は考えることではなく、「坐禅の姿勢のこと」即ち「努力する」という意味である。
「坐禅はどんな努力(姿勢)が必要か」という問である。
ここで注意すべきは「什麼」という疑問詞である。
仏法における疑問詞は「問所は答所の如し」でそれがそのまま答である。
この場合は「兀兀地の思量は什麼だ」ということになり、什麼は、定義不可能な仏法の事実であり、自我を超えた身体本来の姿(尽十方界真実)を表現している。
従って「坐禅を努力することは身体本来の生命(尽十方界真実)の在り方・姿だ」ということになる。
次に薬山は此れに対して「思量箇不思量底」(思量は箇の不思量底だ)と答えている。
この「不思量底」の「不」も、否定の意味ではなく、大自然の絶対的な事実を表す。
故に不思量底は、「不」の「思量」即ち「不(大自然)」を努力するということで、「大自然の在り方(本来の姿)を努める」ことである。
即ち人間が介在しない(自我意識発現以前)大自然即ち身体本来の在り方(尽十方界真実人体)を努力することである。
なお「箇」は強めの語である。従って(坐禅の)努力は自然の生かされたままの身体の在り方を努力することである。
つまり「不思量底を思量する」とは、「不思量であることを努力する」、即ち自我意識の活動による仕事は一切しないで、大自然の本来の身心の在り方(尽十方界真実人体)をそのまま努める(「回光返照」と言う)ことである。
然し更にこの僧は、「不思量底」即ち「身体本来の在り方」は、「如何思量」即ち如何すればよいのかと問うているが、同様にこれも「如何」という疑問詞であるから、「不思量底」は「如何が思量」だとなり、「如何」は、真実のあり方として何も決まったものはない即ち「無相」ということである。
つまり身体本来の在り方(不思量底)は「如何ともすることが出来ない」即ち大自然そのままの状態にするだけであると自ら答えていることになる。
最後に薬山はこれまでの問答を総括して「非思量」と答える。この「非」も、「不」と同様当然否定の意味ではなく、「非(大自然の絶対的な姿・働き)」の努力をすることであり、不思量と全く同じ意味である。
要するに「非思量」とは、尽十方界真実人体の生命活動のことであり、身心の本来の在り方即ち大自然に生かされたままの姿である。
そしてこの事実をこそ「無念無相」と言うのである。
よく坐禅中全く何も脳裡に浮かんでこない状態を無念無相だと誤解している人が多いが、全く誤りである。
このような誤りの原因は、「無」を通常の否定の意味に取るからである。
そうではなく、ここでも無は人間の意志意欲に関わりの無い大自然の絶対的な事実を指しているのである。
従って「無念」は「無」の「念」即ち、人間の意志意欲に関わりなく、人間生命における脳の働きにより忽然と浮かんでくる「思い(念)」のことである。
また「無相」も「無」の「相」即ち、「大自然の働き」による「姿ないし形」である。
以上のことから、我々が「考える」という精神活動も非思量(不思量)によって考えている、即ち尽十方界真実により考えさせられて考えているのである。
故に人間は「考えられること」以上のことは全く考えることは出来ないのである。
更に言えば、我々は非思量に支えられて生死(人生)しているのである。
「念」とは、生命活動即ち脳の働きにより生じるものであり、坐禅中のみならず、日常生活に於ても我々が生きていく上で必要不可欠な働きであり、人間が意志意欲する以前の大自然の働き即ち尽十方界真実人体に恵まれた働きである。
(ホ)「不染汚」ところで念は、まさに「不起の一念」と言われる。「不起」、即ち「不」は絶対的且つ人間の介在を許さないという意味で、「自然に起こる」一念という意味である。
しかもこれは人体の生命活動の基本的な姿であり、その表情(心理現象)であると同時に、先述「心」(宇宙・大自然の活動)の表情である。
このような「念」は、本人の意識に上るものと、上らないものとがある。
意識に上った時にはじめて「念」として明確に意識しそれを追求する。
その時点で「自我意識」の活動が始まる。脳の生理現象であるこのような「念起」も、それを捉えて追いかけなければ、念は念の形をなさないで生命活動の表情として消えていく。
生命活動の中から取り上げるものがなければ「人生」(生活)は始まらない。
つまり「意志意欲活動」というものは、生理現象の契機を捉えて、尾ひれをつけて追求し続けて行くところから人間生活を展開させる。
その「最初の契機」が「念起」である。契機を捉える事がなければ、そのまま生理現象は消滅し、次にはまた新しく現象を現象し、それを絶えず続けている。
これが尽十方界真実人体の生命活動の実態である。
然しながら通常の日常生活においては、人間の生理的習性によって念起念滅しても取り合わない等という事は非常に難しい。
それを可能にするのは只管打坐だけである。
修行の在り方の指標「不染汚」について、六祖と南嶽懐譲(ナンガクエジョウ)(677〜744年)の有名な問答を以下に紹介する。
(ヘ)、「図作仏」、「磨セン作鏡」、「坐仏」南嶽が六祖に参じた時、六祖曰く「什麼(イズレ)の処より来たのか。」南嶽曰く「嵩(スウ)山安国師の処から来ました。」六祖曰く「是れ什麼物(いかなるもの)の恁麼来(いんもにきたる)ぞ。」しかし南嶽は何とも答えることが出来なかった。
その後八年間南嶽は六祖の下で修行して、六祖の言ったことを会得した。
そこで南嶽は六祖に八年前の話を持ち出して「あの当時和尚が言われた什麼物恁麼来を会得しました」と言った。
六祖曰く「汝作麼生(ソモサン)か会す。」南嶽曰く「説似一物即不中(一物を説似するに即ち中(アタ)らず)。」六祖曰く「還って修証を仮るや否や。」南嶽曰く「修証は即ち無きにあらず、染汚することは即ち得不(ジ)。」六祖曰く「祇だ此の不染汚、是れ諸仏之護念する所なり、汝亦是の如し、吾も亦是の如し、乃至西天の諸祖も亦是の如し。」
この公案では、まず疑問詞「什麼」「恁麼」「作麼」等が、仏法の真実即ち尽十方界真実を表現していることは、既に説明してきた通りである。
六祖が南嶽に「什麼の処より来たのか」と問うたのは、単に地理的な出所を聞いたのではなく、仏法修行者としては当然根本課題である自己の出所を自覚しているか否かを試したのである。
更に未熟な南嶽に対して、「什麼物恁麼来」即ち「ありとあらゆる事実は、ありとあらゆる在り方だ」(真実は此れこそと決まったものではない)、或いは諸法実相(あらゆるものが真実)だ、更に言えば「本来成仏」だと、尽十方界真実の在り方を示したのである。
然しこのことが解らなかった南嶽は、分かるまでに六祖の指導の下で八年の修行を必要とした。
終に尽十方界真実に開眼した南嶽の言葉は「説似一物即不中」、即ち尽十方界真実を説明しても適当しない、或いは真実は把握不可能だということであった。
尚ここの「一物」の「一」は「全、全体、全部」の意味で、「全物」即ち尽十方界のことである。
そこで六祖は、本当に南嶽が仏法を会得したかどうかを確かめる為に、「尽十方界真実の在り方がそうだとするなら、即ち本来成仏ならば、真実の修証即ち修行は不要なのか」と問うた。
すると南嶽は「修行は当然必要ですが、有所得即ち自己満足追求の修行であってはならない。自我に汚されない本当の修行をしなければならない」と答えた。
最後に南嶽のこの答えに満足した六祖は、「不染汚即ち自我意識を超えた大自然の生命の在り方を努めることこそが、諸仏が護念するところであり、汝も私も同様に心掛けるところである。それだけではない。インドの釈尊以来の仏祖方も同じである」と念を押した。
但し「不染汚」の「不」は上記の問答の趣旨から、「染汚」を否定する通常の意味である。
以上の公案から分かるように、「不染汚」は、自我意識を超えた大自然の生命の在り方を言い、不染汚の修行は、先述の正念を保つ努力であり、「非思量」の実践である。そしてまた平常心是道の修行である。
逆に「染汚」とは、自我意識(分別判断)の活動、自己満足の追求、乃至意志意欲活動であり、所謂「虜知念覚(リョチネンカク)(分別・知覚)」が働いている状態である。
或いは特殊な心理状態(ノボセ・興奮)であることもある。
これらは全て生命活動の表情に過ぎず、生命活動の真実を覆うものである。
つまり「染汚」の座禅は、成果を求める作為的なものであり、自己の充足感を求めるものである。
『正法眼蔵』「坐禅箴」及び「古鏡」で拈提されている南嶽と馬祖(709〜788年)の師弟の問答は、「図作仏」、「磨セン作鏡」、「坐仏」等の言葉で坐禅の実態を的確に表現している。それを以下に紹介する。
(ト)「調息致心」南嶽の会下で、馬祖は「心印」即ち「坐禅」を親しく教えられて、同参の修行者達よりも一生懸命に南嶽山の中の小さな庵(伝法院)で常に一人で坐禅していた。
南嶽も彼を法器であると期待していたが、彼は、馬祖がひょっとして自分勝手な間違った坐禅をしているのではないかと心配になって、或時馬祖の処へ行った。
そして南嶽は「大徳、坐禅図箇什麼(大徳、坐禅して箇の什麼をか図る)」と問うた。
馬祖曰く「図作仏(作仏を図る)。」
すると南嶽は一枚のカワラ(敷き瓦)を取って、庵前の石上で磨き始めた。
不審に思った馬祖は「師作什麼(師什麼をか作す)」と問うた。
南嶽曰く「磨作鏡(磨して鏡と作す)。」
馬祖曰く「磨セン豈得成鏡耶(磨セン豈鏡と成すことを得ん耶)。」
南嶽曰く「坐禅豈得作仏耶(坐禅豈作仏を得ん耶)。」
馬祖曰く「如何即是(如何が即ち是ならん)。」
南嶽曰く「如人駕車、車若不行、打車即是、打牛即是(人の車に駕するが如き、車若し行か不んば、車を打つが即ち是なりや、牛を打つが即ち是なりや)。」
馬祖無対(無言)。南嶽また示して曰く「汝為学坐禅、為学坐仏。(汝坐禅を学ばんと為(ス)るか、坐仏を学ばんと為るか)。若学坐禅、禅非坐臥(若し坐禅を学ばば、禅は坐臥に非ず)。若学坐仏、仏非定相(若し坐仏を学ばば、仏は定相に非ず)。於無住法不応取捨(無住の法に於て取捨す応(ベカ)らず)。汝若坐仏、即是殺仏(汝若し坐仏せば、即ち是れ殺仏なり)。若執坐相、非達其理(若し坐相に執せば、其の理に達するに非ず)。」馬祖は示誡を聞いて、醍醐を飲むが如し。
以上の前段の師弟の問答について、まず「坐禅図箇什麼」は、通常の意味では「貴方は坐禅して如何なる積りだ」である。
ここの「図」は「描くこと、姿勢、行」の意味で、「はかる、企てる」の意味ではない。
「箇」は強めの語であり、「什麼(シモ)(何)」(疑問詞)は「尽十方界真実」を表現している。
然し「問所は答所の如し」の例により、「坐禅の図は箇什麼なり」と訓み、坐禅の行(姿勢)は尽十方界真実(本来の生命の在り方)であるということになる。
ところが南嶽が心配した通り、馬祖は「図作仏」即ち「仏になる積りです」と答えた。
但し、これも仏法的には「作仏の図」、即ち作仏を描く、身体で仏を作る姿勢・行であるとなり、「只管坐禅」を意味する。
同様に「師作什麼」は、普通「師匠何をなさるのですか」であるが、「什麼」は真実そのものであり、「作什麼(ソシモ)」は「什麼を作す」、即ち「真実を実践する」ということになる。
次に「磨作鏡」(磨は作鏡なり)は、南嶽が目標を置かない(結果を求めない)只管打坐を此行為で表現したのである。カワラを磨いても永久に鏡にはならない。
「只磨く」ということにこそ意味があるのである。
また「磨セン豈得成鏡耶」は、「カワラを磨いても鏡にはなりませんよ」だが、仏法的には「磨センは得成鏡なり」、即ち「磨セン即ち只管打坐が、得成鏡即ち成仏そのものだ」と訓む。
同様に南嶽の「坐禅豈得作仏耶」は、「坐禅しても仏にならないぞ」、即ち坐禅することそのことが成仏だから、それ以上の目的は何もないぞと言ったのである。
これも仏法的には「坐禅は得作仏なり」と訓み、坐禅こそ成仏であるということになる。
因みに「磨セン作鏡」、即ち成仏のためではない「只管打坐」を端的に表現したものが、『法華経』「化城喩品」の「大通智勝仏、十劫坐道場、仏法不現前、不得成仏道。」(大通智勝仏は十劫の間道場に坐し給えども、仏法は現前れずして仏道を成ずることを得給わざりしなり)の言葉である。
そこで困った馬祖は「如何即是」即ち「どうすればいいのでしょうか」と言った。
これも仏法的には、疑問詞「如何」は「如何なるものも」と訓むのが常識であるから、「如何なるものも即ち是(得作仏)である」と訓める。
なおその裏には「真実は人間の納得とは関係が無い、何とも無いものである」という意味が含まれている。
すると南嶽は「如人駕車、車若不行、打車即是、打牛即是」、即ち「人が(牛)車に乗った場合に、もし車が進まない時、車を打つのがよいのか、牛を打つのがよいのか」と言った。
この場合仏法の解釈は次のようになる。即ち「如人駕車」は「人が坐禅している状態」を表現している。
そして「車若不行」については、「車行」或いは「車不行」即ち車が進む時も進まない時もあり、どちらも「車(坐禅)」即ち尽十方界真実人体の姿であることに変わりはない。
これは「如何即是」即ち「如何なるものも作仏」であることからすれば、「作仏に条件は無い」、つまり車行も車不行も、「尽十方界(尽十方界真実人体)のその時の様相」であり、「作仏」であることを表している。
ところで「車若不行」の時、通常の常識とは異なり、仏道では「打車」もあれば「打牛」もある。
例えば前者は妄念が起こる場合であり、後者は妄念が起こらない場合を指している。
この様な南嶽の問に対し、馬祖は「無対」、即ち坐禅の時、身体の在り方として打車も打牛も両方あることに初めて気付き、黙って南嶽の言葉を受け入れた。
ここから後段の南嶽の説法が始まる。
つまり「汝為学坐禅、為学坐仏」は「お前は坐禅を学ぼうとするのか、坐仏を目的としているのか、どちらだ」と言う。
これも仏法的には「汝坐禅を学ばんと為(ス)るは、為(コレ)坐仏を学するなり」と訓める。ただし「学」は「行」の意味である。
若し坐禅を学ぼうと思うならば、「禅非坐臥」即ち「禅は坐臥ではない。」ここの「禅」は坐禅で、「坐臥」は日常の自我活動が支配する生活姿勢のことである。
つまり尽十方界真実の実践である坐禅と日常の生活姿勢である「行住坐臥」とは根本的に異なるものだということである。
また若し坐仏を学ぼうと思うならば、「仏非定相」即ち「仏(尽十方界真実)」は「非定相」である。仏は定まった形はない。
即ち尽十方界真実は固定的なものはない(廓然無聖)。そして「於無住法不応取捨」とは、坐禅は「無住法」即ち何処にも足場や立場が無いものであるから、個人的な自我活動による取捨選択をしてはいけない、というよりむしろ立場が無いから何もしなくてよいということである。
更に「汝若坐仏、即是殺仏」は、若し本当に「坐仏」であれば、もうそこには仏というものは無い、仏を求める必要はない。
従って、坐仏するということは「仏を殺すこと」、即ち坐禅に徹することが「殺仏」である。
最後に「若執坐相、非達其理」の「執坐相」は厳密な正身端坐をすること、自分というものを残さず坐相に成り切ることであり、それが「非達其理」、即ちここも仏法的に「非」は「達其理」であると訓み、「大自然の絶対的な真実そのもの」であるということになる。
結局南嶽は徹底的に「只管打坐」を強調している。
このような南嶽の説法を聞いて、馬祖は自分の過ちに気付き、本当の仏法の有り難さを知ったのである。
坐禅における「調息致心」ということについて付言しておくと、正身端坐をすれば、自然に調息致心も完全に行われるということである。大自然である身体そのものの働きである呼吸を自然そのままに任せることである。『永平広録』巻五に調息致心のあり方を明確に示している(引用省略)。
つまり、道元禅師の師天童如浄禅師(1163〜1228年)は、調息について、言わば「腹式呼吸」を示しているが、道元禅師は、呼吸は自我とは関係が無く、身体の生命活動である自然の呼吸そのままに任せるだけであるとされる。
(三)禅の偏向(看話禅)
以上、坐禅について詳しく述べてきたが、ここで誤った坐禅即ち禅の偏向の問題について述べておかなければならない。
元々中国禅宗には大きく二つの系統がある。即ち六祖の弟子である青原行思(セイゲンギョウシ)(〜740年)と南嶽懐譲の二つの系統である。
前者は石頭希遷―薬山惟儼―曹洞宗の祖洞山良价(807〜869年)から天童如浄、そして日本曹洞宗の祖永平道元に至る禅の流れと、後者は馬祖道一―臨済宗の祖臨済義玄(〜866年)―楊岐派の圜悟克勤―大慧宗杲、そして日本臨済宗の白隠慧鶴(1685〜1768年)に至る流れとである。
ところで中国では、南宋時代「興禅護国」の国家主義仏教が支配的になり、「官寺」の制を新たに等級化し、国家の祈祷道場の役割を果たす「五山十刹」の制度化が行われた。
また宋初時代以後『伝燈録』、『宋高僧伝』等古典の編纂が盛んに行われ、これによって、士大夫(知識階級)層の参禅増加に対応する公案研究の組織的方法が確立された。
しかも公案研究の組織的方法を確立せしめたのが、南宋の上層官僚と密接な繋がりを持っていた大慧宗杲(ダイエソウコウ)(1089〜1163年)で、所謂「公案禅」或いは「看話(カンナ)禅」と言われる禅を大成した。
その特徴は、座禅中に「大疑」、即ち「趙州狗子」の公案の所謂「無」字を取り上げて、全身全霊で「無」の考えに熱中し、彼の所謂「大悟」即ち特殊な心理状態を求めてそれに陶酔する。
言わばインド以来の瞑想技術である精神集中の一種であり、自己満足追求の「自調の行」であって、正に「禅の偏向」と言うべきものである。
日本の白隠等もまさにこの系統の禅である。
なお大慧は、曹洞宗の宏智(ワンシ)正覚(1091〜1157年)の「只管打坐」の坐禅を「主体的な大疑の欠如である」と批判し「黙照邪禅」と呼んだが、宏智は却って『黙照の銘』を著わし、大慧を相手にしなかった。
因みに宏智正覚撰述の『坐禅箴』の中に、仏祖が仏を行ずる坐禅の実態を述べた「不触事而知、不対縁而照」(事に触れずして知り、縁に対せずして照らす)という言葉がある。
つまり「不蝕事」も「不対縁」も共に「知覚分別に基づかない」尽十方界の真実の在り方を示している。
「知」も「照」も対象を判断して解るという自我意識の次元、即ち知覚・分別の次元ではなく、能所(主客)を超えた身体自身の本来の在り方である。
つまり「知」も「照」も尽十方界真実人体としての知・照であり、尽十方界の生命活動である。
いずれも「尽十方界(真実人体)の或る時の様相」である。
(四)黙照禅と看話禅の相違
そこで、以下に「黙照禅」(道元禅)と「看話禅」(禅の偏向)の相違を述べてみよう。
第一に、黙照禅は、「無為法」即ち生活(自我意識発現)以前の姿勢であり、「有為法」即ち自我に基づく一般的な生活現象は無為法を母胎とする。看話禅は、有為法そのものであり、自己満足追求の欲望による行為である。
第二に、黙照禅は、仏祖(菩薩)の坐禅(精進波羅蜜)であるが、看話禅は、小乗(声聞・縁覚)の自己満足追求、自己陶酔の自調の行であり独善である。
第三に、黙照禅は、無相(大自然の在り方)即ち自我意識以前の尽十方界真実であり、大乗の行である。看話禅は、有相即ち作為されたもの、因縁所生の現実の存在であり、意識の対象即ち能縁所縁(主体客体)関係である。
第四に、黙照禅は、無所得・無所悟即ち自我意識の放棄乃至分別・感覚の一切棚上げであり、尽十方界真実そのものを具現する。看話禅は、有目的的であり、理想像即ち欲望を追求する。自調の成果に自己満足し、予め想念していた自己に陶酔(自己限定)する。
第五に、黙照禅は、本来の三昧であり、技術の発生する契機はない。それを表現する六祖の言葉は「慧能技倆なし、百思想を断ぜず、境に対して心数々起こる、菩提作麼か長ぜん。」(私には念を押さえるような技術はない。生命現象である正念を選り好みせず全部頂く。菩提(真実)は理解出来るものではなく、現実を只頂くだけ。)看話禅は、生活経験内の行法であり、技術的で分別的である。それを表現する臥輪禅師の言葉は「臥輪伎倆あり、能く百思想を断ず、境に対して心起こらず、菩提日日に長ず。」(私は煩悩を断ずる力量がある。従って脳裡に念が浮かばない。悟りはどんどん深まっていく。)
第六に、黙照禅は、「修証一如」即ち修行そのものが成仏(尽十方界真実)であり、「一超直入如来地」である。看話禅は、「十牛図」のような概念的な修練の階級が存在する。目標を持って修練する。
第七に、黙照禅は、上記第六の通り、「初心の弁道すなわち本証の全体なり」(『正法眼蔵』「弁道話」)、即ち初心者であっても坐禅すれば尽十方界真実の実践である。看話禅は、「動中の工夫は静中の工夫にまさること百千倍」(大慧宗杲)、静中の工夫即ち座禅は公案工夫のための手段に過ぎない。
第八に、黙照禅は、正身端坐を先とした調息致心(『永平広録』巻五)であり、これを「帰家穏坐(キカオンザ)」と言う。即ち呼吸は本来付与されている自然の自分では如何ともなし得ないベースに任せる。看話禅は、「数息観」(息を数える)を採用するが、これは自調の行であり、放逸致心のべースを自分で調整する。即ち澄すべき「こころを所有」すると考える。また「興奮」は熱烈な求道(禅機)の姿であり、何時如何なるところでも煩悩に勇猛に抵抗できる気力である。
第九に、黙照禅は、只管打坐(三昧王三昧)であり、身心脱落、寂静(大自然の真実の様相)、無為(人為的なもの無し)であり、行持綿密(不染汚)即ちその時のからだの調子に任せきりである。看話禅は、「見性」即ち真実を求めて熱中し公案を思念工夫する座禅であり、その興奮の終着駅は真実を手に入れたと思う錯覚である。白隠禅(『遠羅天釜』、『夜船閑話』)には思念するものとされるもの(能所)がある。
第十に、黙照禅は、宇宙全体が真実(尽十方界真実)であり、これこそは真実というような根本原理は無い。従って永久に疑団の解決は無い。仏道は自己満足の追求を放棄することであり、無所得・無所悟の「不染汚」の坐禅を修行することである。看話禅は、「教外別伝」で、これこそ真実というような原理的なものを追求し、自らでっち上げた疑団の解決のため、「悟りを手に入れる」即ち自己満足の追求に終始する。つまり「習禅」即ち特殊な心境になる目的を以て修練する座禅であり、所謂「染汚」の座禅である。
因みに坐禅の坐の字の使用が、黙照禅は、上述(一)坐禅に関する典拠の六祖の言葉に明らかなように「坐」であるが、看話禅は、単に坐る場所、居所を表す「座」を用いて「座禅」としている。
なお曹洞宗でも坐禅中に「警策(キョウサク)」を用いているが、これは臨済宗(看話禅)で眠らない為の工夫として用いていたものであり、江戸末期に曹洞宗でも使用するようになったもので、本来人為的なものを全て排除する坐禅の在り方からすれば、正しいとは言えない。
以上、黙照禅と看話禅の相違を述べたが、特別な人しか悟れないような看話禅は、真の普遍的な宗教とは言えない。黙照禅のように、誰でも只管打坐すれば尽十方界真実を実践出来ると同時に、それが成仏であるという尽十方界真実人体と坐禅の信仰こそ真の宗教に値するものである。
最後に、道元禅師著『正法眼蔵』「生死」巻の「ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ仏となる。たれの人かこころにとどこほるべき」という言葉は、正に只管打坐の坐禅を表現した言葉である。
つまり、身心(身体)を正身端坐である「仏のいへ」の坐相に任せきると、「仏のかたよりおこなわれて」即ち身体本来の大自然の生命が活動する。この姿勢を続けていると、自然に「生死」即ち自我意識が支配する「人生(人間生活)」は棚上げされて、仏(尽十方界真実)が実現している。誰でも行き詰まりが無いのでる。
また『正法眼蔵』「現成公案」巻に「法もし身心に充足すれば、ひとかたは、たらずとおぼゆるなり」とあるように、坐禅は人間に満足感を与えるものでは絶対に無い。我々が生きているということは、「生かされてただ生きている」(無所得・無所悟)だけである。
要するに、自我意識の「我」は、平常自己満足追求に忙しくて自らのからだの事を思い遣る事がない。
しかしからだの有り難さが本当に分かれば、我が人生を送らせてもらっているからだに対し、人生(自我意識)を棚上げすることによって、からだに本来のすがたをお返しするのが報恩行としての坐禅である。
(五)「戒」「発菩提心」と坐禅
なお、「戒」について付言すると、達磨の言葉に「戒とは仏心(尽十方界真実)なり」とある通り、戒とは尽十方界真実であり、決して通常一般的に理解されている単なる人間の意志意欲段階における禁止事項などではない。
また『梵網経略抄』(経豪著)が「戒は制止なり、…制止と云は、…釈迦牟尼仏…坐し給て、無上正覚なり。…我与大地有情同時成道と制止する。…」と述べるように、「戒」とは制止であり、制止とはエゴイズムの放棄、即ち尽十方界真実の実修実証、只管打坐の坐禅である。
つまり坐禅は持戒である。
更に、「発菩提心(発心)」(菩提心を発す)とは、何か特別な「こころを発す」こと、何か特別の精神状態になることを欲することではなく、逆に自我意識を放棄(「発」)して尽十方界真実(菩提心)をそっくりそのまま素直に頂くこと、つまり無所得・無所悟の坐禅を行じることである。