昭和52年 孫敦朗 年の豆噛めざる児にも頒たれて 猟師に会ひ抱きゐる児を確と抱く 百姓の頬被りして苗代寒 父死亡 草を刈る柩を墓地へ搬ぶ径 来て去りていつも一羽の揚羽蝶 帰燕群去りたるあとに一羽飛ぶ 幼な子に秋風の鳴る土管置場 紀の川 河流れゐて浮く鴨に水脈を生む 昭和53年 野良猫がうずくまりゐる焚火跡 初蛙魚籠に入れ児に持ち帰る 鯉幟揚げて他郷に定住す たんぽぽの穂絮吹く児の息足らず 踊見る寝し児をひとり家に残し 熊取祭 人垣の前に出老婆地車を見る ふるさとに冬の海鳴り聴きて寝る 十本ほど大根を干す独り暮し 昭和54年 お雑煮を祝ふ児に箸長すぎる 金熊寺梅林 梅茶屋の桟敷の下に葱の畝 灯も点けず風邪に臥しゐる独り暮し 牛小屋に廻る赤錆扇風機 台風が外れ蜘蛛の囲に蜘蛛がゐる 歳晩の日向のベンチ誰も来ず 昭和55年 奈良 大仏を児に見せに来し初詣 露店出す女も炭火股にして 流さるるままに流れて蝌蚪流る 揚羽蝶羽化して翔ばず夜を迎ふ 児が掬い来し駄金魚が池に増ゆ 採石の崩れ場に泡立草が咲く 前( の駅この駅さくら返り咲く 泥つきし顔で挨拶慈姑掘 昭和56年 寒釣の相隣りゐて物言はず 寒釣に猟銃音の一度きり 寒灯が点く龍神を祀る祠 下萌ゆる硝子の破片( も輝きて 鯉幟揚る隣家の児を識らず 孕み猫なり握りたる石を捨つ 庇まで巣立ちしてをる子の燕 冬の夜生家使はぬ部屋多し 焚火番する釣の座を離れ来て 昭和57年 雪降りて積る梢の鴉にも 犬鳴山 雪の日も縄に干しある滝行衣 一叢の菜の花が咲く梅林に 石塊で上敷押さふ梅桟敷 寒釣の今日は我のみ誰もゐず 廃田にげんげが遺りゐて咲ける 十薬を縁台に干す滝見茶屋 幕営の家族ら犬も連れ来をり 勢( ひなき火よ籾殻の山燃えて 降り込みて落葉が溜る猿の檻 浮寝鳥みな日の昇る方へ向く 独りになり忘年会の帰路歌ふ 昭和58年 獣来し足跡が田の籾殻に 行滝へ寒暮女が独り行く 青嵐三脚の画布倒したり 河尻が涸れ雲の峰海に立つ 皆裸神楽衣装を脱ぎ拡げ 犬が出て園児と走る運動会 昭和59年 土間に火を焚く雪の日の大牛舎 蜘蛛の糸端を懸けたる滝の巌 野仏の花筒彼岸花ばかり 高枝は弟子が登りて松手入れ 昭和60年 ぜんまゐの花といえるは醜の花 ちちろ虫年寄は灯を節しゐる 籾食みて稲雀らの胃や強し 掃除して箒も洗ふ秋晴に 老庭師コーヒー出され松手入れ 運動会双眼鏡で子を捜す 昭和61年 花を見る老女毛布にくるまりて みじろげば溢れ菖蒲の一番風呂 ふるさとにて 晩春の雨の中なる揚雲雀 昭和62年 ことごとく寄り合へるもの萍は 老醜が羽抜の軍鶏の醜嗤ふ 客だれも乗らぬバス行く望の夜を 昭和63年 犬鳴山滝堂 松の内過ぎて堂守代りをり 金熊寺梅林 梅林に人ら去にても日が永し 花の枝に掛けをく拾ひし自動車( の鍵 名のみなる楓の花にも蜜蜂きて 松毛虫保護色汝も弱きもの 蟷螂翔ぶ十二単衣をさばくごと 敦朗中学一年生 散髪をして夏休最後の日