平成元年 冬田径好みて妻は医に通ふ 青草を被せあり轢死せし猫に 親ほどに潜りてはゐず鳰の雛 祖母よりの灸点いまに土用灸 野良猫に仔ありて飛蝗咥えゆく 秋風や野良猫の仔の逃げ癖つき 月祀る供物を食べて老夫婦 黒潮荘 温泉の宿に夜長を老の囲碁の会 晩酌は日本酒にする聖夜にも 石光寺 寒牡丹観に来手袋要らぬ日和 寒行の滝壺濁す生身の穢 蕗の薹採りにフェンスを乗り越ゆる 山櫻鶏屋に狸が飼われをり 日が永し重たきほどに鮒が釣れ 花を観に吉野に来ても妻芹摘む 一つゐて浮子に寄りくる水馬 緑陰や犬もベンチに坐らせて 老女たちクローバの花摘み束ね 長居公園 薔薇園の閉園蛍の光の曲 虫来る灯守宮のために残しをく 住吉神社 御田掻く牛や乳房のいとけなし 炎天下人誰もゐず踊やぐら 盆踊り見す看護婦が付添ひて 立秋と書きて日記のあと空白 雷鳴のさなか据う灸効くごとし 台風に飛ばされしもの空蝉も ちちろ虫自動炊飯器に灯点き 数多く鳰浮く向きをそれぞれに 日短し喫茶店にて日が暮れて 甘藷床( に余して寒き檻の猿 わが頑固妻許しをり寒釣す 老いて無病むかしの厚きオーバー着て 粉川 流し雛葭の茎にて突き放す 風船を配る抱かれしみどり児にも 蕨とる声来ては去りひとり釣る 薔薇園にゐて老人に連れのなし 石卓の菓子吹き散らす青嵐 金魚の屍つまみて捨てし手を洗ふ 老妻が鳴らしてみする木の葉笛 我無病唐辛子焼く匂ひ好み 文机に老妻は活く韮の花 短日の家路女性が追ひ越しゆく 老妻がキャラメル呉るる枯園にて 平成4年 菜園に咲く菜の花や老婆死す 喜寿なれど年の豆噛み入歯なし 鶯が鳴かずなりたり釣仕舞ふ 花の下犬の噛み合ひ始まれり 犬の綱短く持ちて花下の少女 蛙鳴く野道に一番星の出て 同年令の従弟死す 人の死や庭に雀の子が遊ぶ 松蝉が鳴く火葬爐に柩入り 五月闇墓地通り抜け近道す 鳳神社 神官が大工仕事す夏白足袋 土用灸据うに灸点か老斑かと 水着着ぬは老夫婦のみ浜茶店 俳弟子浅利幸子葬送 蟋蟀鳴く今年また来しこの火葬場 夜長なり吉野の宿を一歩も出ず 秋冷や吉野の宿は茶粥だす 熊取地車祭 住みつくも他所者地車を傍観す 國清禅寺「素軒」 蓮枯れて茶室雨戸を閉めしまま 歳晩に老の気儘や海に釣る 日暮るるに其処が塒か笹鳴きす